2013.01.11  冬季名物青黒だんご
なんだか変なものが見える。
一番最初にそれに気が付いたのは鷹の目こと高尾和成で、二番目に気が付いたのは鷲の目こと伊月俊だった。


春季合同合宿。
ウィンターカップでの和解を経て交流を再開したキセキの世代と、それを擁する強豪各校監督たちの横の繋がりは、それぞれの所属するバスケットボール部員たちに思わぬ副産物をもたらした。
第一声を上げたのは他でもないキセキの世代主将赤司征十郎で、物理的な距離こそあって地方の強豪校までが一度に集まることは叶わなかったが、都内の桐皇、秀徳、誠凛と近県神奈川の海常とがまずは第一弾として合同の合宿を行うに至ったのである。
表向きはあくまで強豪校同士の交流、今後世界を相手に善戦するだろう逸材が集まった黄金世代とも呼べるアンダー18の選抜と育成。
実際のところは「僕のキセキと戯れたい」という赤司の我が侭に他ならない。
急な日程をよくも押し通したと賞賛したいところだが、結果的に赤司と紫原は加わることが叶わなかったのだ、荒れに荒れた赤司が京都の教育委員会に乗り込んで何をしでかしたかは触れてはいけないことになっている。
ただ、インターハイの後に予定されている第二回の合宿には、洛山と陽泉の参加があることが決定済みだ。

ウィンターカップを終えてすぐ、中学校から新たに上がってくる選手の情報収集に動くとともにこの合宿が急ピッチで企画された。
足りない人手は赤司がどこからか調達してよこしたというのだから念の入ったことである。
誠凛以外は頼れる三年生が全員抜けた後で、新たなフォーメーションを作り上げている最中だ。
なにより、精神的な支柱となる人間を育てなければならない。
「キセキの世代」もまだ二年。
エースとして絶対的な信頼は寄せられても、やはり揺るがぬキャプテンは欠かせぬ存在である。
まだ自覚の足りない彼らを叱咤し激励して確立するためにもこの合宿は意味があるのだと半ば瞳孔の開いた赤司に説き伏せられて、各校の代表者たちが必死になって企画を押し通した。
事情を知らぬバスケ部員たちは、降って涌いたような合宿話に喜んだり訝しんだり、本能的に誰かの暗躍を脳内から排除したりと忙しかったようだが。

そうして集まったのは少しばかり都心からはずれた山沿いの総合体育館。
通いもできる距離だというのにわざわざ合宿所よろしく宿泊施設が用意されているのだから赤司の下僕もとい人脈たるや末恐ろしい。
一番乗りしたのは会場に最も近かった誠凛高校バスケットボール部で、次いで桐皇、秀徳が到着した。
首都高の渋滞にはまったとかで、海常はまだ到着していない。
ある意味で、それは都合が良かったとも言えるのだが。


「…あの、あれ、なんだ、です」
「それはオレも訊きたいな、火神」
「真ちゃーん、ちょっと無視しないでよ、なんなのあれ。あれどういうことなの帝光では普通だったのどうなのねえ真ちゃん」
「うるさいのだよ高尾オレはなにも見えない見ていないおまえも見るんじゃないのだよ」
「いやあれどーしたって目立つっしょ。てかあの二人ついこないだまでなんかやり合ってなかったっけ?どうなってんの火神」
「オレに振られたって知らねーよ!」

あれ。
と、先ほどから注目を集めている体育館のステージの上を指差す高尾に、だから目を向けるんじゃないと緑間の押し殺した怒声が響く。

春休み、とはいえど、山の三月はまだ冷える。
場所が違えば雪がちらつくどころかどっさりと積もることも珍しくない季節だ。
都心には近いが標高の高いこの場所もやはり例外でなく、体育館の向こうに見える山のてっぺんは薄っすらと白く色づいていた。
バスを降りるなり都心のビル風とはまた違った寒さに悲鳴を上げたのがつい先ほどのことで、暖められた合宿所の空気にほっとしたのも束の間、冷えに冷えた体育館へと足を運んだのだ。
試合もまだ先なのにユニフォームではあまりに寒いからとそれぞれが各校のジャージ姿で、アップの開始をいまかいまかと待っていたところである。
寒い寒いと手足を擦り合わせたり、ぴょんぴょん無意味に跳ねてみたり、四肢をまるめて座り込んでみたりはよくある光景。
小金井は水戸部にぴたりと張り付いて暖を取っているし、そこここで身を寄せ合って猿だんご状態になっているのもまあ冬の風物詩と言えば風物詩だ。
しかしながら、あれはいささか趣きが異なる。
怖いもの見たさにじっくりと見学したいような、なんとなく見て見ぬふりをしたいような、ただ、赤司ならば即座に鋏を片手にビデオカメラを構えていただろう光景がそこにあった。

「テーツー、おまえちょっと会わねえうちにまた小さくなったんじゃねえの?」
「ばか言わないでください気に食わないけどキミが伸びたんですどこまで成長期ですか縮んでください」

台詞ばかりは向かい合って見上げ見下ろし睨み合って交わしているようなそれなのだが。
何度目を擦ってみても、やはり見える光景は変わらない。

広い体育館のステージに我が物顔で居座るのは他でもない桐皇学園の暴君、青峰である。
浅黒い肌に鋭い眼差し、まだ16歳ながらに完成に近いほど美しく造形された体つきは野生めいた色気をともなって、気だるい雰囲気がよく似合う。羨ましくも憎らしい男だ。
桐皇の黒と暗い赤のジャージが厭味なほど様になっていて、けれどその上着が不自然にこんもりと膨れていた。
ついでに言えば、首元から出ているのは青峰の顔だけではない。
青峰の顔の下、口もとが半分隠れるようにして顔を出しているのは、水色の髪の、普段ならば影薄いはずの彼である。
今は常日頃の影の薄さはいったいどこに、どこからも目立つことこのうえない。

青峰の膝の上にちんまりと、けれど二人、脚を絡めるようにして座り、影の薄い彼――黒子テツヤは二人羽織りよろしく青峰の上着の中に収まっているのだった。
黒子の頭頂部にこつんと顎を乗せるようにして、青峰は黒子の身体を大事に抱えるようにしっかりと腕を回している。
小金井と水戸部など比べ物にならないくらいぴったりとひっついて、温かいには温かいだろうがいかんせん目のやり場に困る状態だ。
どこぞのバカップルでもやらなそうな恰好を、よくも澄まし顔でしていられるものだと思う。

「火神、あれちょっと突っ込んで」
「いやそこは先輩が…です」
「ねーねー真ちゃんあれまじで」
「だからオレはなにも見ていないのだよ!」

こそこそと言い合うメンバーの他にも、いい加減ステージの上の異常事態に気が付いた連中がざわざわとざわめき始めている。
けれどそんな空気もなんのその、これでもかと注目を浴びる二人は気付いていないのか気付いていて放置しているのか、まったくもって意に介す様子がない。

「縮めったって育っちまったもんはなぁ…テツの成長期は終わっちまったし」
「なに失礼なこと言ってくれてやがるんですかこの進撃の巨人め」
「バァカ、そりゃ紫原だろ」
「わかりました、今度紫原君にそう伝えます」
「ごめんテツ、オレが悪かった」
「わかればいいんです湯たんぽ峰君」

悪かった、そう言いながら青峰が顔を埋めた先は上着の中、どこにあるやらな黒子の首元だ。
すり、と頬ずりするような青峰の仕草に少しだけくすぐったそうに笑って、黒子はぬくぬくと青峰の体温にぬくんでいる。
ときどきもぞもぞと上着が動くのは、中で黒子が座り心地の良い場所を探して位置を変えるせいだろうか。
青峰もまたそれに否を唱えず黒子の好きなようにさせてやっているからタチが悪い。
なあおまえら、そうやんわりと声をかけようとした伊月よりも一瞬早く、しばらく黒子を抱きしめていた青峰がふと顔を上げた。
そうしておもむろに指先を忍ばせて、

「しっかしよぉ。腰も細ぇし、腹も薄いし…おまえ自分で食わねえでバカガミにエサやってんじゃねえだろうな」
「ひゃ…っ、つめた、冷たいですアホ峰君!」
「あ〜、やべ、ぬくい…」
「やめ…っ、や、くすぐった…っ」

二人で収まったジャージの上着の裾から突っ込まれた青峰の手が、今どこでどんな動きをしているやら。
逃れようにも膝の上、がっちりと抱え込まれた黒子はどうにも逃げられないまま身体をくねらせているらしい。
なんだか聞きようによってはピンク色の空気が見えるような声が上がり、わずかに頬を赤らめる様は、無表情が常の黒子にしては実に珍しい。
それもどこか、なんとなく見てはいけないものを見てしまった気分になるのだが。
けれどぎこちない雰囲気になるのはステージの上の二人を眺めていたこちらばかりで、青峰は青峰で黒子の反応にいたずら心を刺激されたのか、無意識にぺろりと舌舐めずっている。

「テーツ、」

くすぐったがって余計に上着の首元に顔を埋める、そんな黒子の耳元で囁く青峰の艶めいた表情はもう目の毒だ。
先ほどから見て見ぬふりを続けていたギャラリーの、素知らぬ態度もそろそろ限界。
多感すぎるほど多感な若松は可哀想なほど頬を赤らめ、怒鳴りつけたものか自身の精神衛生のためにも放っておくべきかと回らぬ頭で思案するよう。
桜井などはスミマセンスミマセン黒子君のなんかいやらしいとこ見ちゃってスミマセンスミマセンと黒子以外目に入っていない青峰に対して謎の謝罪を重ねている。
青峰相手に臆することなく口を出せそうな緑間はすでに地蔵になっているし、高尾などは面白がって「青峰やるぅ」と口笛を吹いてみせる始末。
黒子も嫌がりながらも離れないものだから、どうしたものかとおろおろうろたえる肉食系リス、火神はお人よしすぎて話にならないし、全部ひっくるめて一喝できそうな頼れるプッツン眼鏡こと我らが主将日向順平はカントクのミーティングに付き合わされたままいまだ姿を見せない。
自覚のないバカップルの被害は拡大するばかりで、誰かあいつらどうにかしろと嘆く伊月の前に更なる頭痛の種が襲い来るのは彼がまだ預かり知らぬ未来。
遅れて到着、体育館に姿を見せるなり悲鳴を上げる黄色い大型犬の登場まで、残すところあと数分。
混沌に満ちた合宿はまだ、始まってすらいないのだった。





お風呂とかざこ寝会場とかでもいちゃこらいちゃこらナチュラルホモォするんだろうなと思います。
※付き合ってません。