春を愛する人      09.03.24



春を愛する人

Kid×Law ※学パロ





新緑、というにもまだ若い。
わずかに色づき始めた景色を一望できる窓際は、実に陽あたりの良い南側だ。
けれど図書室のなかでも奥まった場所にあって、司書室からも死角になるそこには主に歴史の資料関係が置かれている。
試験前でもなければ滅多に人が寄りつかない場所だ。
人が寄りつかないのには、とある男が指定席にしているからという理由も多くを占めているのだが、当の本人はそれに気づいてはいない。
四限目を告げる鐘が鳴る。
腹が減ったなと思いつつ、男は呑気に欠伸をした。

小春日和とはよく言ったものだ。
窓越しの陽射しはやわらかく、ぽかぽかと心地よい温度も眠気を誘う。
三限目もすっかりこの場所で暇つぶししてしまったのだが、昼飯前にもうひと眠りするのも良いだろう。
そう再び瞼を下ろしかけたところへ、ぺたぺたと間の抜けた上靴の音が邪魔をした。

「よぅ。体育サボんのは珍しいなユースタス屋」
「……てめェかトラファルガー」

降ってきた少し高めのテノールは機嫌が良さそうだ。
薄っすらと開けた目で見上げれば、学ランの下に着たパーカーの帽子を被り、目許と口許を和らげたローが視界に映る。
そのままキッドがうつ伏せた机の上に腰かけて、椅子に脚をかける行儀の悪い姿勢をとると、ローは手にしていたコーラの缶のプルを上げた。
いるか、と目の前に差し出されて、キッドはのろのろと上体を起こす。
男が現れた時点でキッドの安眠など虚しく消えたようなもので、大人しく一口二口喉に通した。
ぱちぱちと弾けていく強い炭酸はぼんやりとした意識に心地よく、覚醒へと導いてくれる。
もういい、と缶を押しやれば、ひょいとそれを口許に運んだローが笑った。

「間接キス。」
「……死ね」
「フフ、照れるなユースタス屋」

性質の悪いからかいを寄越す男は、隣のクラスの問題児だ。
キッドも人の事は言えないが、やること為すことローの方が手に負えない。
夏も長袖に隠されているが、その肌には幾つもタトゥが刻まれているのを知っていた。
体育教師の弱みを握り、プールの授業はすべて保健室で寝て過ごすのだから徹底している。
ロー自身はタトゥが見つかろうと痛くも痒くもないのだが、彫り師の資格をもたないデザイナーに彫ってもらったそれが公になると面倒なのだそうだ。
去年の夏、せっかく広いのに泳げないのは残念だとせがむローに根負けして夜中のプールに忍び込み、素っ裸で泳いだこともあったのを思い出す。
月明かりの下で泳ぐのは大層お気に召したのか、来年も必ずと約束させられた。
ローが覚えているかは知らないが、ローとの付き合いはまだ続いているから不思議なものだ。

「バスケ。得意だったんじゃねェの」
「……気分じゃねェ」

唐突な問いにあやふやに返し、キッドは伸びをした。
卒業式を終えた三月の初旬、春休みを待つばかりの校内はどこか浮足立っている。
春休みを終え、入学式を終えれば晴れて受験生の身になるのだが、キッドもローもさして勉学に興味はなかった。
図書室で出くわすのも授業を放棄しているときばかりで、そうでなければ大抵屋上で暇を潰している。
ローは生物学と、気に入りの英語教師であるドレークの授業以外はギリギリの出席数にも関わらず学年上位を維持しているし、妙にヤマ勘の働くキッドもまた差し支えない成績を維持していた。
成績さえまともなら多少のことには目を瞑ってくれるのが学校というものである。
二人ともにそれをよく理解していた。

瞼を閉じ、こきこきと固まりかけた首を解していると、ふいにキッドの目の前が翳った。
目を開く前に、唇には柔らかい温もりが触れる。
本当に、いたずらの好きな男だ。
離れていこうとするのを制し、後頭部を押さえて引き寄せた。
妙な欲がわかない程度に舌を絡め、残るコーラの甘みを舐め取ってやる。

「今日、部活は?ユースタス屋」

ぼやけるほど近くで、薄っすらと目を開けたローが訊ねた。
唇に触れる吐息がくすぐったい。
休む、と答えれば、ローの不思議な色をした瞳が幸せそうに笑んで、じゃあ、と言葉を繋ぐ。

「昼飯、何食う?」
「マック」
「……味気ねェの」

憎まれ口をひとつ、それでもキッドの答えに満足したのか、破顔したローがふたたび唇に触れてくる。
どうやら今日は、二人そろってこのまま早退で決まりらしい。
ローの唇に舌を伸ばす途中、キッドは財布の中身を頭の隅で思い起こした。


外は晴天、小春日和。
春はもうすぐそこである。


fin.


リクエストありがとうございました!
サボることしか頭にない二人ですみません…。
弥生さまに捧げます。
title:GLAY