今年も終わりを告げるのだというこのときに。
ああ、まったく、いつだって変わらないのだ、こんな日々は。



<Round and Round>



噎せ返るほど濃厚なワインの芳り。
赤が滴って、大理石の床にじわりじわりと広がっていく。
冷えたそれがやけに熱く感じる爪先に達して、スクアーロはびくりと肩を跳ねた。

「は……っ……」

目の前に広がる夜景が、吐息に白く曇る。
指先をついたガラスは氷のようで、けれどやはり、どうしようもなく身体が熱い。
ねっとりと首筋を這う舌は己よりも熱いようで、下肢に感じる体温も異なるそれだ。
しかしその境界が、もはや曖昧で分からない。
浮かされた意識は、すでに現実を理解していないかもしれなかった。

「……トぶにはまだ早いんじゃねぇのか」
「っる、せぇ……ッ、クソ意地の悪ィマネしやがって…っ」
「は。それだけ吠えられりゃ十分だ」
「う、ァ゛……ッ」

ふいに強く突き上げられて背が反った。
腰を掴んだ指の力は痛いほどで、苦痛に眉が寄る。
それを凌駕して有り余る悦楽は御しがたいもので、今日に限って惜しむことなく与えてくるのは新手の嫌がらせなのだろうか。
ザンザスの機嫌が良いに越したことはないが、良すぎるのは困りものだ。
珍しく一日機嫌の良かったザンザスに付き合わされるまま、一流ホテルのスカイラウンジで食事を取ったのが今年最後の運の尽きだった。
周到な男が部屋を用意しないはずはなく(無論いつ何時どんなホテルでもその一声でリザーブ可能だ)、
引きずられるように連れ込まれた後、シャワーを浴びる間もベッドへ移動する間も惜しんで、夜景を称える窓辺で事に至ったのだ。
ザンザスとは散々に身体を重ねたが、立ったまま後ろから貫かれるのには慣れていない。
加えて、室内の照明を落としているせいでぼやけてはいるが、窓ガラスには己の痴態が映されるのだからたまらなかった。

「ボ…ス……ッ…も、いい加減に…ッ」
「ああ?長引かせんの好きだろうが」
「っそりゃ、あんたの、趣味だろぉ…!」
「うるせぇよ」

聞き慣れたそんな台詞とともに、耳朶を噛まれる。
ちりりとそこを焼いた甘い痺れに、スクアーロは目を閉じた。
ザンザスを咥え込んだ後孔がひくりとひくついて、無意識に先をねだるのに、ザンザスの唇がゆるりと弧を描く。


素直じゃねぇ。


この男に「素直」の文字があったらそれはそれで気持ちが悪いとも思うが、同時にからかい甲斐がありそうだともザンザスは思う。
態度だけは素直に表わすスクアーロだが、言葉にするのは得意ではない。
だがその態度がなによりも雄弁なのだと、スクアーロ自身、少しは自覚しないものだろうか。
恵まれたと言って差し支えないだろう容姿のひとつも有効に利用できないのは、まったく不器用としか言いようがない。
もう少し上手く立振舞えたなら、多少なりともザンザスを揺さぶることが出来ただろうに。

乱れたシャツを申し訳程度に引っかけた他は、露わになった肌がやけに艶めかしい。
浅く早くなった呼吸に肩を震わせ、長く伸びた銀糸が背を流れ落ちている。
固く目を閉じたスクアーロには見えていないが、窓に映るザンザスは実に満足そうにわらっていた。

「スクアーロ」
「ッァ……!」

高い声を上げてから、畜生、と思わず唇を噛む。
ザンザスを悦ばせようとは微塵も思っていないのだが、掌で転がされてばかりなのだからどうしようもない。
睨みつけてやろうにも、最中はザンザスの表情ひとつで掻き乱されるから悔しいのだ。

「も……っ、さっさと……!」

続きが欲しくて仕方ないのはスクアーロの方だったが、促すために出てくる言葉は素直でないそればかりだ。
すべて承知のザンザスにとっては、ひたすらに支配欲を煽られるばかりに過ぎないが。

「……どうしようもねぇ」

低く呟かれた言葉はザンザスが自身を嗤ったものだったが、己を嗤われたものと勘違いしたらしいスクアーロの耳が赤く色づいた。
続いて薄っすらと開かれた銀灰の瞳には隠しきれぬ羞恥と憤りと、赦しを請うような哀願の色。
噛み締め過ぎて濡れた赤い唇は、いっそ凶悪なほど。

(本当に、態度ばかりは素直な野郎だ)

窓越しに絡まった視線は、歪んだザンザスの感情を心地よく撫でた。
ふいに胸を焼いた衝動に突き動かされるまま、スクアーロのそれを阻むことなく己の悦楽を追う。
もはや声を殺そうとしていたことも忘れたのか、甘く掠れた声がひっきりなしにザンザスの耳に届き始める。
やがて目を細めて達するころ、スクアーロの意識は沈んでいた。







喉が渇いた。
ぼんやりと戻り始めた意識の底で思いながら、仰向いたまま微睡ろんでいれば、閉じた瞼に翳る気配。
つ、と唇に触れた指先が何を意味しているのかには気づいていたから、薄く瞳を開いてその指先を甘く噛んだ。

厭味なほど整った顔が近づいて、唇に流し込まれる芳醇なとろみ。
同時に割り込んできた舌が、スクアーロのそれと戯れに絡まってすぐに離れる。
唇の端から流れた赤は、常にない優しげな仕草でザンザスの指に拭われた。
いつのまにやらベッドに運ばれたらしく、新年を告げる花火でも打ち上げられたのか、わずかに開け放たれた窓からかすかな火薬の臭いが届いていた。
めでたくも有難くもないが、年が変わる瞬間を見逃したのがなんとなく面白くない。
二度、三度とゆっくりとした瞬きを繰り返すスクアーロに、ザンザスがからかうように顔を近づけた。

「まだいるか?」
「………イラネェー。」

間近で囁かれた言葉に、ニィと笑って挑発すれば、ザンザスが口元を吊り上げた。


「欲しいだけくれてやる」


再び奪われた唇は、ワインよりもずっと先、男に酔わされてばかりいる。


fin.


09.01.01 << Back