夏休みが欲しい、などとほざいたのはボンゴレの忠実なる雨の守護者だ。
暑さに湧いた頭ではまともな判断も出来なかったのか、大いに賛成を示したのはこともあろうに10代目ドン・ボンゴレだった。
その余波がヴァリアーに及ぶまで、そう時間がかからなかったのは言うまでもない。

暑い盛りに暑い場所へわざわざ行くのは馬鹿のすることだ。
そう言った相手は気に入らなかったが、頷ける言なのは否めない。
綱吉が無理矢理にでも取るよう押し切った休暇を、他の幹部どもは有り難く受け取ったようだ。
ルッスーリアはカプリへバカンスだと嫌がるレヴィを連れて颯爽と飛び立ったし、
ベルフェゴールは己の所有する古城へ行くのだとマーモンを連れて上機嫌だった。
ローテーションなどと面倒なことは言わず、一度に出てくればいいとは綱吉の計らいだ。
綱吉の代になって殺しの数が減ったのに加え、このところは碌な仕事もなく、デスクワークにも飽き飽きしていたところ。
暇つぶしにはなるか、と形ばかりの護衛ついでにスクアーロを連れて、ザンザスが飛んだのは湖の畔に佇むコテージだった。


<La Notte Tropicale>


「う゛お゛、いぃ……他にやることねぇのかぁボスさんよぉ。昼間もさんざんやったろぉ?」
「うるせぇよ。てめぇもどうせ暇だろうが」
「有無を言わさず掻っ攫ってきた奴が言う台詞じゃねぇぞぉ。俺はフツーに寝てぇんだよクソボスがぁ」

涼やかに虫の鳴く季節だ。
日本と違ってからりと乾いたイタリアの夏は、夜にはずいぶん気温が落ちる。
そのはずが、やけに暑いのはどうしてだろう、とうっとおしく首筋や背に張り付く髪を乱しながら、スクアーロはシーツの冷えた場所を探してベッドの上を転がった。

「てめぇがやっても可愛くねぇよ」

それを視線で追いかけたザンザスが、溜息混じりに吐き捨てる。
キングサイズのベッドの端はまだ冷えていたのか、落ちる寸前の体勢でスクアーロが視線を投げた。

「あんたに可愛いなんて言われたら嬉しすぎて悪寒がするぜぇ」

憎まれ口を叩きながら寝返りをうって高い天井を仰ぎ、銀色の睫を瞬かせる。
わずかに視線を下げれば、窓枠に切り取られた夜空が覗いた。
街中と違って人工の光に邪魔されることなく届く淡い光に、無意識に小さく息を吐く。
明るい夜空など仕事の邪魔にしかならないと思っていたが、こうして見れば悪くない景色だ。

「しっかし、なんだかんだいってお坊ちゃんだよなぁあんた。突然こんなとこ手配出来るなんてよぉ」

ふと口をついて出た言葉に、場にそぐわぬ物騒な音が耳のすぐ横。
ちらりと視線を走らせれば、いつのまにかにじり寄っていたらしいザンザスの愛銃がその手にあった。

「う゛お゛ぉいベッドに銃持ち込むなんざ女に逃げられるぜぇ」
「安心しろ、女は素手でも殺れる」
「は、ありがてぇ評価だなぁ?俺は素手じゃ殺れねぇってかぁ」
「てめぇの血なんぞで俺の手を汚してたまるか」
「そっちの意味かよつれねぇなぁ」

ほらどかせ、と左手で銃を押しやって、くるりと体勢を入れ替える。
うつ伏せた背が描く曲線は、自愛の趣味はないスクアーロだが気に入っているフォルムだった。
殊、ザンザスが愛でる部位でもある。
張り付き、そして流れ落ちる銀糸を梳く手には既に銃はなく、ベッドの端へ追いやられている。
仮にも暗殺部隊の長ともあろう者が得物を無造作に放り投げるのには感心しないが、大抵の場合において男がそれを必要としないのも十分知っていた。
背をなぞる指先は、スクアーロよりもわずかばかり体温が高い。
心地よく眠りに誘われるが、ここで眠ってしまってはザンザスの機嫌を損ねること必至だ。
どうにか瞼をこじあけると、スクアーロはザンザスに問いかけた。

「……なあ、ボンゴレの持ち物かぁ?ここ」
「借り物だ。ボンゴレのコテージじゃ四六時中見張りがついてうぜぇだろうが」
「なにを見張るっつーんだよ……野郎の覗きたぁボンゴレも趣味がいいぜぇ」
「てめぇと俺とが仲良くしてたんじゃ、いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃねぇんだろ」

相変わらず気が小さい、とザンザスが薄ら笑う。
本気の言葉とは思えないが、いまだにザンザスを目にすると瞬間とはいえ視線を泳がせる綱吉が相手では冗談にちょうどいい。
唇に笑みを刻んだスクアーロが自分に手を伸ばすのを、ザンザスは拒まなかった。
わずかに身を起こせば、白い指が傷の残る頬に触れる。
ひとつひとつ慈しむようにその痕を辿って、指先は鎖骨をなぞるように下りていった。

「……どうした」

わかっているだろうに、わざわざ訊ねてくるのは厭味のつもりだろうか。
幾つ歳を重ねても、どうやら根底にある気質は変わるものではないらしい。

「寝首、なぁ。どっちかといや俺らの方がかかれんじゃねぇかと思ってよぉ」
「あれにそんな度胸はねぇだろ。殺りたきゃあのときとっくに殺られてる」
「あんときゃ、奴らも10と少しのガキだったじゃねぇかぁ」
「は、いまもそう変わらねぇだろ」

鼻で笑ってみせるけれど、綱吉を認めていないわけではないのが分かる。
否、認めてはいないのかもしれないが、少なくとも以前のような憎しみの対象からは外れている。
でなければわざわざからかってやることも、話題に出すこともないはずだ。

……素直じゃねぇなぁ。

思ったことを顔に出したつもりはないのだが、ザンザスの瞳が意地の悪そうな光を灯す。
…悟られただろうか。

「寝首がかきたきゃ、ここについてくれば一発だっただろうにな」
「ん゛ん゛?」
「四六時中てめぇとこうしてんだ。いくらでも機会はあっただろ」
「……あんた、そういうこと言うキャラだったかぁ……?」
「てめぇにだけは言われたくねぇ」

にぃ、と笑って、背を撫でていたザンザスの手が悪趣味ないたずらを仕掛けだす。
楽しめそうだと思ったのはつい二日前なのになぁ。
ゆるゆると内腿を這い始めた手に、飽きねぇなぁ、と目を細めながら、スクアーロはキスをねだった。


fin.


08.11.22 小説アンソロ「夜の牙」の昼ver.で書かせて頂いた「まなつび。」からほんのりと続いてました。 << Back