「よぉザンザス、お目覚めかぁ?」 もし君がその事実に気付くことがなかったとして。 XANXUS×Squalo 聴覚がとらえたのは聞き慣れた濁音。 視覚がとらえたのは見慣れない包帯で全身を覆った、見慣れた馬鹿の姿だった。 「気分はどうだぁ?」 「…………ぅる、………」 うるせえよ、と告げたはずの言葉はひどくかすれて、確かな音にはならなかった。 わずかなそれをいつも通りと解釈したのか、スクアーロは相変わらずだなぁ、と似合わない笑みを浮かべて言った。 一体どれだけ眠っていたのか。 眼球の動きさえ鈍い気がする。 限られた視界が映したのは、ずいぶんと前に離れたボンゴレの本部が有する医務室の内装だ。 視線の先に気付いたのだろうか、顔まで覆った包帯を邪魔そうに掻きながら、 「…あんた、今日で10日も眠ってたんだぜぇ?」 言って、手を伸ばしてよこす。 もしかしたら自分も、さして変わらぬ姿をしているのだろうか。 頬に触れた感触はどこか鈍かった。 「痛そうだなぁ、これ…」 傷の程度で言えば、てめぇの方が余程だろう。 思うだけの言葉はさすがに通じないだろうが、スクアーロの指先は走る古傷の痕をゆっくりとなぞった。 「…また、守れなかったなぁ…」 あんたと。 あんたの、望むものと。 ぽつり、ぽつりと零される言葉はやけに弱くて耳に痛い。 己が守られるほどには弱くないのだと、この男は恐らくは他の誰よりも正しく理解しているだろうに。 「………また、眠っちまうのかって…」 ぎ、と奥歯を噛み締める音が耳に届く。 (まだ引きずってやがったのか、カスが) もう過ぎた話だと、そう思う自分はずるいだろうか。 この男が過ごした八年を、自分は知らない。 短かった銀髪が腰を過ぎるまでの時間、この男が過ごした八年を。 そう思って初めて、その髪がまだ長いままであるのを知った。 暗い水の中に呑まれ、あの巨大な鮫に対峙してなお。 「………み、…」 「ん゛ん?なんだぁ?」 覗き込んで耳を近付けてよこすが、声は未だ満足に戻らない。 小さく息を吐き出すことでこちらが諦めたのを理解したのか、聞き出すことをしないままに頭の悪い男は身を起こした。 「…あんたが大人しいってのも、慣れねぇよなぁ」 はは、と渇いた笑いを零して、生身の手がまた頬に触れる。 「なぁ、キスしたら怒るかぁ?」 まあ、今のあんたにゃ殴られる心配もねぇだろうけどなぁ。 ニィ、と口元を吊り上げて、そうしてようやくこの男に似合う笑みだ。 苦笑も後悔も、傲慢の名には必要ない。 どこまで馬鹿だ、このカス。 距離が近付けば、頬を撫でていく絹糸の感触が心地良い。 瞳を閉じるのは何故だろうか、惜しい気がして。 唇に触れた、低い体温はやけに懐かしかった。 その銀糸に伸ばす指先ひとつ、満足に動きはしなかったけれど。 fin.
08.02.15 << Back