― Remind story ― 「…あんま見んなよ」 みっともねぇから。 苦笑混じりの聞きなれた声は、やけに懐かしく耳に届いた。 いっそ潔いほど雑に巻かれた包帯を解きながら、現れてくるのは変わらず白い肌と、真新しい傷痕。 縫った痕も、縫わずに処置された痕も、数え切れないほど。 既に過去になった傷痕の数は知っていたけれど、また幾つ増えたのか。 そろりと触れる指がらしくなく震えているのには、気づかないでほしかった。 「勝手に、こんな増やしてんじゃねえよ」 声音はどうにか震えなかった。 いささか掠れていたのは、隠しようもなかったけれど。 それに気づいたのか否か、苦笑を深めたスクアーロが溜息混じりに言う。 「悪かったなぁ。けど、あれで無傷なわけねぇのはわかんだろぉ?」 「だとしても、だ。」 「…ボスさんは我儘だなぁ」 「うるせぇよ」 口答えすんな。 傷のない側の耳元に吹き込んで、あらわな肌を抱きしめる。 のろのろと背に回ってくる腕が同じようにザンザスを抱きしめて、無意識に安堵の息が漏れた。 変わらない長さの銀糸に彩られた首筋。 抱いた裸の背から、指先に伝わる温もり。 記憶と寸分違わぬそれに、二度とは触れられないものだと思っていた。 虚しく幻だけを抱きしめるものだと。 「…ボス」 痛ぇよ。 聞こえた抗議はそれでも、驚くほどに柔らかい。 背の腕は変わらない力でザンザスを抱きしめていて、それが心からの声ではないのだとわかった。 肩口に顔を埋めて鼻をすり寄せると、くすぐったそうに喉が震える。 気まぐれに歯を立てて、ひとつだけ己の痕を残した。 「う゛お゛ぉい、流石に傷がひらくぜぇ?」 先の行為を思ったのか、わずかに焦りを滲ませて笑う。 ベッドの上で死なれちゃ面倒だ。言えば、 手厚く葬ってくれよなぁ。笑えない冗談が聞こえた。 「…ドカスが。二度とあんなのはごめんだ」 二度目は笑えるかどうかわからない。 いつか来るそれを思うだけで、背が凍る。 いつかこれは自分のために死ぬのだろうと分かっていて、けれどそのときに生き残ろうとは思えない。 もしも自分が先に逝ったなら、これも迷わずに追ってくるのだろう。 「……ザンザス」 最後にそう呼ばれたのは、いつだったか。 ずいぶん遠い昔のような気がして、けれど耳には心地良く馴染む。 抱きしめる腕の力がゆるりと弱まって、応じて、背に腕は回したまま、間近にある瞳と向かい合った。 澄んだ銀色の中に、己の紅が存在している。 「生きてる」 生きて、おまえの前にいる。 だから泣くな、そう聞こえて初めて、そういえばやけに目の奥が熱いのだと気づく。 義手でない方の手が古傷のある頬に触れて、ただ一筋、濡れた痕を拭った。 それから、その後に触れる柔らかい温もり。 唇だと気づくのには、少しの時間が要った。 「…あんたが、泣くとは思わなかったぜぇ?」 からかうように、それでいて綺麗に笑うから、その頬の傷が惜しいと思った。 縫われたばかりで引き攣った皮膚に触れて、その傷が続く最後まで辿る。 痛い、とも、眉を顰めることすらもせずにそれを好きにさせて、スクアーロが言葉を継ぐ。 「おかえりのキスは、くんねぇのかぁ?」 悪戯の混じったねだる声に、調子に乗るな、と頭突きをひとつ。 抗議が聞こえてくる前に、その唇に噛み付いた。 fin.
07.02.07 企画に投稿させて頂きました。 << Back