― 昼下がりの憂鬱 ― 「腹減った…」 目が醒めると、すでに昼近かった。 寝乱れた髪をかきあげて、一瞬、ここはどこかと迷う。 きょろ、と目を動かせば、見慣れた室内が飛び込んできて溜息が出た。 「…ったく、どこ行ったよぉ、御曹司…」 部屋の主の姿は見えない。 探ってみたけれど、ベッドの中に自分以外の体温は感じなかった。 昨夜酷使された腰は痛いし、まだ寝足りないのか瞼も重い。 けれどこれ以上ベッドを温めているわけにもいかないのだと、スクアーロは己に鞭打って起き上がった。 途端、見計らったように隣室へ続く扉が開く。 「お、」 姿を見せたのは、紅い瞳に不機嫌を乗せた、ザンザスその人で。 スクアーロが身体を起こしていることに気づくと、ち、と舌打ちをひとつしてベッドへと近寄ってきた。 「どこ行ってたんだぁ、ザ……う゛お゛っ」 急に視界を覆ったのは、ザンザスのてのひら。 そのままぼすりと不必要なほど大きな枕に押し戻されて、文句が飛び出す前に唇は塞がれた。 「ん、ぅ」 おはようのキスなんて柄じゃないが、それにしては少し深い。 昨夜の記憶ほど激しいものでもなかったが、挨拶の度は過ぎていた。 相変わらず目元は押さえられたままで、上向かされたためか息が苦しい。 離せ、の意を込めて肩口を叩くと、下唇にゆるりと歯を立ててザンザスが離れていった。 「ッ、は、…んだよぉ…」 ずいぶんご機嫌ナナメじゃねぇか。 ようやく自由になった視界にザンザスを映しながら問えば、苦々しげに相手が答えた。 「てめぇにヴァリアー入りの話が出てる」 「あ゛ぁ?ヴァリアー?てめぇんとこのか」 「そうだ」 ヴァリアー。 ボンゴレの暗部。 スクアーロの実力を聞き及んだらしいボンゴレの幹部会が、ならばとスカウトに乗り出したらしいのだ。 「は、てめぇんとこも案外暇だなぁ」 オレみたいのにまでチェック入れてる余裕あったのか、とスクアーロが続ける。 ボンゴレは愚か、どこの組織にも組していない。 ただ己の剣をみがくがためにそれを振るっていただけだ。 名高かったらしい殺し屋も、幾人かその血を吸ってはきたが。 「んで?オレがそのヴァリアーとやらに入るのはご不満なわけかぁ、ザンザス」 「うるせぇよ」 不満か、と訊ねられて、ザンザスは知らず眉を顰めた。 その顔がまるで気に入りの玩具を横から取られたようなのだと、ザンザス自身は気がついていただろうか。 見たことのない顔だとスクアーロは思った。 盛大にからかってやりたくもあったが、ふとした思いつきにそれは打ち消される。 「なぁ、なんかいたろぉ。強ぇのが」 名前までは覚えていなかったが、ヴァリアーといえば剣帝の支配下にある。 己の剣術を極めるために、避けては通れない道だと思っていた。 いずれ、とは思いつつも、ザンザスのファミリーの者であるし、そう都合良くは出歩いてくれない。 長くでも待つつもりでいたのが、少しばかり早くなっただけだ。 スクアーロの思惑は別として、唐突に投げかけられた言葉に、ザンザスの目がスクアーロを向いた。 「テュールのことか?」 「おー。それと勝負させろぉ」 間髪入れずに返ってきた答えを、一度は飲み込みそこねた。 咀嚼して、飲み込んで、反芻してようやく頭に届いたそれに、 「馬鹿か、てめぇ」 「んだとぉ!?」 簡潔な一言に食ってかかってくるのを手で制して、ザンザスは溜息をつく。 馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。 「テュールは現ヴァリアーの長だ。てめぇが敵うか」 「オレが負けるってのかぁ?」 「てめぇが今までに斬ってきた相手とは格が違う」 格。そう、格が違うのだ。 スクアーロが弱いというのではない。 中途半端な強さに、ヴァリアーはその目を向けたりはしない。 ヴァリアーに認められて、けれどなお遠い存在なのだ。 数えるほどにしかその腕を見たことはなかったが、今までにザンザスが見た他の誰より、剣帝の力は強かった。 「関係ねぇよぉ」 間の抜けた答えに鋭い目を向けてはみたが、それに動じる様子はない。 続きを促してやれば、 「あいつとオレとは、対峙したことがねぇ」 やけに自信たっぷりに、獰猛な笑みを浮かべて言った。 百聞は一見にしかず、を、どこか勘違いした方向でとらえているようにも思う。 聞くだけではその実力はわからないというが、実力を知ったそのときに、生きていられるとでも思うのか。 真顔で問うても、スクアーロの表情は変わらなかった。 「まぁ見てろぉ、御曹司」 面白ぇもん、見せてやっからよぉ。 不敵に笑う顔は、すでに血を求めている。 これ以上どう言ってみたところで、目の前の相手は聞く耳を持たない。 再び溜息をつくのに、スクアーロは両の手でザンザスを引き寄せた。 それに大人しく身を任せてやりながら、誘われた唇に噛み付いてやるのだった。 fin.
07.01.10 07.02.06掲載 << Back