がり、と噛んだそこからは、苦い血の味がした。 滲んだ赤が綺麗で見惚れる。 (ああ、こいつも血は赤ぇんだなぁ。) 当たり前のことが当たり前でないザンザスを前に、思考はいくらかおかしな方向に飛び気味だ。 じわりと浮いてくる鮮やかなそれに、忌々しい鬱血は隠れ始めていた。 流れるそれがなんだか勿体ないような気がして、つけたばかりの傷口を舌でなぞると、ザンザスの肩がわずかに震えた。 そういえば、こんなところを舐めたことは一度もなかったか。 「んだよぉ、弱ぇのかぁ?」 堪えきれない笑みが滲んだその声に、ザンザスは銀糸を強く引く。 痛ぇよ、言う声はまだ笑っていた。 「余裕じゃねぇか、ずいぶん」 不機嫌に低いそれは、聴き慣れたものだ。 むろん、ベッドの上でなく、仕事の関係でだが。 ベッドの上のザンザスは、どうしようもなく甘い声をしている。 掠れたそれに、何度脳が痺れるような感覚を覚えただろうか。 いつもそうして甘いというのではないが、スクアーロの耳にはその声がしっかりと残っていた。 思い出して、ぞくり、背を落ちていくものが確かにある。 それで生まれたわずかな色の変化に、ザンザスが口元を吊り上げた。 「…フン」 凶悪、と言った方がしっくりくるその表情は、到底この場に相応しいものではなかったが。 この男がするそれは、厭味なほど様になっているのだ。 獲物を喰らう肉食動物が見せるような獰猛な笑みは、スクアーロを征服したがっている証拠でもあった。 スクアーロは奪われることを好んでいるのではない。 けれどこの男に奪われるのは、ザンザスに奪われるのはどうにも心地良いことを知っているだけだ。 ぐい、と遠慮の欠片もなくソファに押し戻される。 わずかに起こしていただけの不安定な上体は、抵抗も見せずに沈んだ。 上着に続いてシャツも剥ぎ取られて、露になった肌に当たるソファが冷たい。 投げ捨てられたベルトの方へ視線を移すのに、ザンザスがアンダーごとパンツを抜き取った。 脚を浮かせてそれに従いながら、相変わらず性急だなと苦笑する。 殺した女は自ら脱いだのか、それとも脱がせたのか。 ベッドの脇でなくこんなところにドレスが落ちていたということは、このソファで犯そうとしてやめたのか。 背にしたソファに、あの甘い香りは染み付いていなかった。 思考をちらつくそれに虚ろになっていたスクアーロの髪を引いて、ザンザスが口付ける。 「ん…っ」 鼻を抜けていった甘い声に耳を塞ぎたくなった。 遠慮なく深くまで差し込まれる舌が少し苦しい。 煙草の苦味と、ワイン。 血の味に変えてやろうかと歯をたてかけて、察したザンザスが離れていった。 「…てめぇ、いつまで引きずんだ」 「…る、せぇよ」 引きずってねぇ。 言う声は不安定で気に入らなかった。 「…っ…」 一度は離れたザンザスがもう一度スクアーロに口付けて、それから長い髪を避けて首筋を辿る。 這っていく舌の生温い感触に、スクアーロは目を瞑った。 鎖骨のあたりに行きついて、ちくりと鋭い痛みがある。 ちょうど、先ほどザンザスに噛み痕を残したあたりだ。 「ボス…?」 さら、と絹地のシャツが肌を離れて、紅い瞳と視線が合う。 己では確認できないが、そこにはきっと紅い痕が残されたはず。 珍しい、否、初めて。 「…え、…ぁ゛…?」 慣れないそれに戸惑えば、目の前の紅が細く笑んだ。 それをはっきりと認識した途端に、かぁ、と顔に血が集まり出す。 すっかり色が変わったのか、忌々しい声は笑みを乗せた。 くっくっ、と楽しそうにする相手にどうにもやるせなくなって、裸の両手で顔を覆う。 信じらんねぇ、このクソボス。 「スクアーロ」 その声はもう上機嫌だ。忌々しいことこの上ない。 反応のひとつもやらずにいると、スクアーロ、もう一度呼ぶ声が聴こえて、冷えた指が胸の突起を撫でた。 「ぅあ…っ!」 思わずびくりと反応して腕が外れたところで、ザンザスの唇が耳を食む。 そのまま中までぬるりと舌が侵入してきて、ぞくぞくと背があわ立った。 かり、と歯をたてながら、左手が肋を撫でる。 それから腰骨を通って脚の付け根に至って、わずかに身体が強張った。 すでに兆しを見せていたそこに触れて、意地の悪い親指が先端をぐるりと一周する。 あ、ぁ、とそれを追う声がかすれ始めていた。 「…ン、ぁ……」 くびれから後ろを撫で下ろして、ザンザスの手が柔らかく包んで上下する。 骨張った、けれど荒れてはいない男の手に弱いところを責められて吐息が乱れる。 すぐに張り詰めて先走りで濡れたそこに視線を落として、早ぇぞ、からかえば、 スクアーロが潤んだ瞳を見せて悔しそうに唇を噛み締めた。 「傷になる」 勝手に増やしてんじゃねぇ。 言って、ソファについた膝と床の足とで身体を支えて、空けた右手を口元へ運んでやる。 赤く充血した唇をなぞれば、歯列はあっさりと開かれた。 形良く並んだ少しばかり鋭いそれの隙間へ指を差し入れて、奥に潜んだ舌を追う。 「ン゛、ん、ぅ」 逃げる舌を指先で捕らえれば、はぁ、と湿った吐息が手のひらを撫でた。 頬を上気させたまま、虚ろな視線を宙へ投げる。 それがとろりと熱をはらんでいて、ザンザスは満足そうに唇を歪めた。 それに気づかないまま、スクアーロがザンザスの指に舌を絡め始める。 好きに掻き回されるよりは、己で慰撫した方が良いと判断したか。 思うが、視線の先のスクアーロの表情に諦めの色も自棄の色もない。 這わされる舌は、明らかな情欲を滲ませていた。 伏せられた銀の睫毛はうっすらと濡れていて、ザンザスは己の中にわき上がる劣情を意識した。 それと知らず、誘う男だ。 そう教え込んだのは他の誰でもないが。 再び、声には出さず肩だけ揺らして、右手の指はスクアーロの好きにさせた。 すっかり屹立したそれを絡めたままの左手でふいにきつく扱き上げれば、スクアーロの腰が跳ねる。 つつ、と溢れてくるそれが量と密度を増して、わずかに白濁が混じる。 己の下に組み敷いた白い身体は、いまはうっすらと熱を持った色に変わっていた。 「おいカス」 イきてぇか。 上顎を指で辿るのもひどく耐え難いのか、むずがるような耐える顔をして、声もなくスクアーロの頭が上下する。 同時に、指の関節を緩く噛んで、その舌が指先を吸い上げた。 いつになく素直にねだるのにそれと見せず気を良くして、ザンザスはゆっくりと指を引き抜く。 それを名残惜しそうに舌が追ってきて、繋いだ銀の糸とともに離れた。 「がっついてんじゃねぇよ」 くく、と喉を鳴らせば、少しだけ悔しそうに眉をひそめて、けれどねだる気持ちが上をいったのか、大人しく先をうながしてくる。 常にそう素直であればいいものをと思いつつ、それはそれでこの男には似合わずつまらない。 猫というにはいささか獰猛な気もするが、爪と牙とを遠慮もなしに向けてくるあたりが、恐らくは気に入っているのだ。 next.
07.01.19 続き未定。 << Back