― 心葬 ― 街は雨に濡れていた。 窓の外に幾筋もの傷を残して流れていく細い銀が、あいつの姿に重なって少し癪だった。 グラスの中、氷が乾いた音を立てる。 紅い瞳の端にそれを映して無言でグラスを押しやれば、ゴーラ・モスカが新たな酒を注いだ。 ふと芳るアルコールに、いささか深酒しすぎたかと思ってみるも、呷るペースは変わらない。 あいつがいなくなってから、酒に興じる夜が増えた。 もとからザンザスは眠りが浅い方だが、最近では眠りにつくこと自体が困難になっている。 夜はどう過ごしていたのだったかと思い返して、適当な女を見繕ってもみたが、己は冷めたままに相手を酔わせるだけだった。 吐き気が込み上げて、シーツを血に染めたことも、何度か。 らしくない、自嘲する己にまた苛立った。 「…下がれ」 低く告げれば、キュン、と機械音を鳴らしてドアの外へと消えていく。 ドアが閉じるのを見届けて、ザンザスは深く息をついた。 静かな夜だ。 滲んだ夜景は、見慣れたイタリアのものではないが。 視覚として楽しむならば、自国の方がよほど優れていると思うが、目新しいのか、あの男はよく窓辺に身を置いてグラスを傾けていた。 長い銀が鈍い月に照らされるのが、ザンザスは嫌いではなかった。 優しく撫でることなど知らない指がその銀を絡め取れば、抗うのを諦めるのか、細身の男は大人しく身を任せる。 絹のような手触りのそれを、ザンザスはよく手慰んだ。 『う゛お゛ぉい、痛ぇぞぉ』 『…うるせぇよ』 言うほど、口調はきつくない。 むしろ、喜色を含んでさえいた。 手入れが面倒だ、と決まって不平を口にしながら、その髪を切ることはおろか、日々の手入れを怠ることもなかった。 『傷むと、あんたがうるせぇだろぉ、ボスさんよぉ』 妙に勘に障る笑みで楽しげにしていたそいつを、何故か殴る気にもならずに。 ぐしゃりと髪を乱してやった後の、どこか満足そうな表情が気に入っていた。 その髪がシーツに散らばるのも、汗で張り付くのも。 様になるのはこいつだからかと、くだらない思考を持ちもして。 からん。 融けた氷の崩れる音にはっとする。 グラスの中のアルコールは、だいぶ薄まっていた。 ふと訪れた苛立ちに、グラスをドアへ投げつける。 スワロフスキーは無残にも、液体を撒き散らしながら四散した。 「…くだらねぇ」 誰の上にも等しく降り注ぐ、いまだ止まない雨はやけに痛くて、 目の奥が熱いのは無視をした。 fin.
06.11.22 「Vedi a Napoli e poi muori.」 << Back