― 消えない熱 ―






月の綺麗な夜だ。
赫く鈍く、血の色をした。
―――…まるで、あいつの瞳のようだ。


「ッくそ…」

薄暗い室内。
やけに何もない、肌寒い造りの部屋の窓辺。
弱いガラスにもたれながら、スクアーロは毒づいた。
長い銀糸が月の光を反射して、わずかに染まっている。
雲に隠れることもしない赫い月は、ただ静かに地上を見下ろして。

(静かなもんだ)

仰せつかった任務とやらは、つい先ほど遂行した。
いまだに滴った血の温かさが、温度を感じない手に残るよう。
あっけないほど簡単に、標的は血溜まりへと伏していった。
虫の音ひとつ聞こえない、淋しい路地裏。
そいつが倒れた、その場所だけが鮮やかで。
嗅ぎ慣れたはずの鉄の臭いが、今日はやけに色濃かった。

(こんな夜は)

こんな夜は、どうにもおさまらない。
誰かに壊されたくて仕方ない。
それはきっと、誰かじゃなくて。

「……認めねぇぞぉ…」

頭の隅をかすめるのは、遠く海を越えた場所にいるあの男。
この任務に就く前の日も、ハデに盛ってくれやがった。
そこに甘い睦言は存在しない。必要ない。
ただの道具で、戯れで。
いつ終わるとも知れない、危うい関係。
その距離でいい、はずだったのに。

「っく…」

ずる、と座り込みながら、スクアーロは自身の身体を抱きしめるように両腕を腹で交差させた。
気がつけば、すっかり熱を帯びている。
そろりと指を這わせてみて、思った以上の熱さに苦笑した。

(バカみてぇに盛りやがって)

撫で上げて、滴る雫の音にぶるりと震える。
耳元に、あいつの声が聴こえるようで。

「っぅ、あ、」

いつからこうも従順になったのか。
初めは、犯されるのが苦痛でならなかったはずなのに。
今ではすっかり、あの男に慣れ切っている。
任務に就いて、わずかに三日。
たかが三日触れていないだけで、己の身体が求め始める。
まるで麻薬だ。
――――…あの男は。

「ん…ッ」

這う指の温度も。
乱れた呼吸も。
存外に甘く、低い声も。

「っふ、…ボス…ッ…」

認めたくない。
認めたくはない、けれど。

「あ、ァッ……ッ…」

耳元。
首筋。
指先。

『スクアーロ』

あいつの、声。


「――――――ッ!」


刻み込まれているのは、他でもなくあいつの記憶。

手のひら。
吐き出した熱。
滴り落ちる、白い糸。

身体の奥、吐き出される白濁の感触がよみがえって。
目を瞑れば、そこには鮮烈に。

「………ボス…」

どんなに。
どんなに、足掻いてみても。
消えない。
消えてはくれない。

「ち、くしょぉ…」

オレの中から、あいつが消えない。

fin.


06.10.01 << Back