― その日は朝から雨だった ―






そういえば優しかった。
あいつも
あいつも
誰だってみんな
死ぬ前は、オレに優しかった。


雨が降っていた。
朝からずっと、細い雨が。
濡れていく窓をぼんやりと眺めながら、スクアーロは身を起こした。
さきほどまでの情事の痕が、己の身体には色濃く残っている。
散々に貪ってくれた相手は一人バスルームだ。
電気も点けない、薄暗い部屋。
時間で言えば真昼間もいいところだが、ぐずついた天気では目も慣れない。

(外以上に湿ってやがる)

この部屋の、この空気は。
思い返せば熱が上がりそうで、スクアーロは頭を振った。
ベッドの下には濡れた制服が脱ぎ散らかしてある。
脱いだのは自分ではないし、散らかしたのも自分ではない。
(片付けなきゃ文句言うんだからなあ)
面倒ならハナから投げ捨てなきゃいいのに。
いまは見えない相手にごちてみて、溜息。
そういえば、肌を重ねたのはいつ以来だったか。
(先週はモナコ…その前はどこだ…)
もう、三週間にはなるかもしれない。
やたらと求められたのはそのせいか。
どこかで記憶が飛んだせいで曖昧だ。


「風邪ひきてぇか」
「…ボス」
気配もさせずに、彼――――…ザンザスはスクアーロの傍へ寄った。
いつのまにバスルームを出たのか、いくらぼんやりしていたとはいえドアの開く音さえ聞かなかった。
「う゛」
見上げたスクアーロの視界をばさりと覆った、白。
乾いた柔らかい感触に、どうやらバスタオルだと覚った。

「風邪ひくのは構わねぇけどな、移したら殺すぞ」
「…だったら素っ裸で放っていかなきゃいいだろぉ」
「てめぇが意識飛ばすからだ」

飛んじまうほど激しくしやがったのはどいつだぁ!

罵りたいのをぐ、と堪えて、スクアーロはバスタオルに埋もれる。
冷え始めていた肩を覆ってもぞもぞと体勢を変えると、
「う゛お゛ぉい、ボス…」
伸びてきたザンザスの指に、顎を捕らえられる。
冷やりとした感触に身を竦める間もなく、唇には熱が触れた。

「ん…」

(指先はそんなに冷てぇのになぁ)

触れる唇は、どうしてか熱いのだ。
唇を割って流し込まれた水を飲み込む。
喘いで渇いた喉を潤す、冷やりとした感触が心地よかった。
飲み干して、舌を絡めて、久方ぶりのそれに酔う。
(…だめだ、ボス)
滅多にキスなんかしねぇのに。
したって噛み付くようなキスなのに。

(…こんな)

こんな、優しいキスは。

「…っ…!」

耐え切れずに、スクアーロはザンザスの肩を押して離した。
ふいに離れた唇が、名残惜しげに銀の糸を伝わせる。

「…スクアーロ……?」

訝しげにするザンザスの、名を呼ぶ声にも答えられない。
殴られるか。
蹴ってくるか。
どちらでも構わない。
優しくなんかされなければいい。

(死なれるみてぇで嫌なんだ)

あいつも
あいつも
死ぬ前だけは、優しかったから
だから、ボス、


「……スクアーロ」
予想したどちらの行動でもなく。
スクアーロの期待を裏切るように、髪に通された指が優しかった。
落胆と安堵と、切なさと愛しさと、入り混じってはスクアーロの頬を伝う。
「てめぇにも涙なんかあったのか」
「…ッ、うるせぇ………んッ…!」

再び奪われた唇。
違ったのは、噛み付くような―――…

「ッ…てぇ…!」

ぶつり。
嫌な感触を残して、スクアーロの唇を紅が滴った。
離れていくザンザスの唇に、わずかにその色が移る。
「…勃った」
「…!んな申告いらねえぞぉ…!」
真顔で事も無げに言う、どちらと言わずとも品のない言葉に頬をわずかに赤らめて、スクアーロはぎり、と噛まれた唇を噛む。
「てめえが悪ィんだ」
「…ちくしょぉ」
この絶倫鬼畜野郎…!
見上げる視線は受け流され、包まったバスタオルを剥ぎ取られる。
ふわりと香った柔らかい香りに、思わず苦笑を刻んでしまう。

(血の臭いしか、しねぇと思ってたのに)

「なに笑ってやがる、カス」
「…なんでもねぇ…」

もう一度、ベッドに沈められながら。

「…なぁボス」
「なんだ」

優しくされるのは、怖ぇんだ。

fin.


06.08.07 << Back