およそ正しい目的では使われないが、ヴァリアーにも内線電話が存在する。
ボンゴレとヴァリアーとを繋ぐホットラインの他に、幹部の住まう居室から末端構成員の大部屋に至るまで、
目に見える形ではなくともそこかしこに設置されている。
けれどいまはルッスーリアがティータイムの呼び出しに使っている程度だ。
内線を使う必要は大抵においてない。
下っ端連中が幹部の伝言を運んでくれるし、そもそも共通の伝達事項は多くない。
それぞれがそれぞれにおいて行動し、それぞれの責務を負っているからだ。
情報の共有は、(実際にはザンザスの機嫌ひとつで決まる)定例会議で事足りる。
みな大抵暇なときはサロンで思い思いに過ごしているし、自室に籠っているのは寝ているサインだ。
それを見計らったベルフェゴールのイタ電攻撃が安眠妨害甚だしかったので、スクアーロは電話線を引っこ抜いた過去がある。
結果、たまたま内線を使用したザンザスに不通音を聞かせるに至り、原型を留めないほど殴られた。
以降回線は繋げたままにしてあるが、スクアーロからかけることは滅多にない。

が、その日やけに難関な任務を押しつけられたのは他でもないスクアーロだった。


Call me !
Squalo+Belphegor


ベッドに腰かけて神妙な顔をしたスクアーロは、目の前の電話と睨み合っていた。
スクアーロの部屋の電話は主に書類の整理に使用されるワーキングデスクの上が定位置なのだが、
わざわざ電話線を伸ばしてまでベッドサイドのローテーブルの上へ引っ張ってきたのには訳がある。
大いに悩み苦しむのに、立ったまま思案する趣味はない。
せめて腰を落ち着けたなら考えもまとまるのではないかと期待した結果だった。
むろん、期待は期待で終わったが。
ザンザスに仕事を寄越されたのは、かれこれ15分は前になる。
いい加減にその仕事をこなさねばザンザスの機嫌を損ねてしまう。
――……が、こなすことによって機嫌を損ねるだろう相手のことを考えるとどうにも手が伸びない。
いわゆる板挟み状態だった。

記憶が確かなら、ベルフェゴールは昨日任務に出ていたはずだ。
なにがあったのかは知らないが手こずったらしく、帰還したのは明け方だった。
奇声は聞こえてこなかったから錯乱していたわけではなさそうだが、昼少し前で起きているはずもない。
貴重だ貴重だとのたまう割には献血も否やという大盤振る舞いでしょっちゅう自分の血を振りまく彼だ、
貧血に加えて低血圧では寝起きの機嫌が最悪なのは道理である。
以前いつもの悪戯電話の仕返しにと明け方を狙ってかけてやったのだが、一向に出ないので深く寝入っているのかと思えば、
当の本人が山ほどのナイフを携えてスクアーロの部屋に殴り込んできた過去がある。
幸か不幸か致命傷には至らなかったものの、当面の任務に支障が出る程度には痛めつけられた。
加えて制裁という名のザンザスのリンチが待っていたのだから、スクアーロとしても同じ轍は踏みたくない。

「ったくよぉ……だいたい、ボスがてめぇでかけりゃ済む話じゃねえかぁ」

恨み言を口にしても、ザンザスは既に綱吉の所に出向いて留守だ。
そろそろボンゴレ本部に着く頃だろう。追いかけるにしても、もうリミットが近い。
はぁ、と肺の中の空気を全て吐ききる勢いで盛大な溜息をついて、スクアーロは受話器を手に取った。



『もしもし?』

電子音が数度響いた後、聞き慣れたベルフェゴールの声が応える。
寝起きの不機嫌を含まない、はっきりとした発音が耳に届いて、起きていたのかと驚くと同時に安堵した。
ベルフェゴールが起きていたのなら、自分の心配は杞憂だったのだ。
悩み抜いた時間を無駄にしたと悲観するよりも、機嫌を損ねずに助かったという思いが上回った。
心の底からほっとして、いつもより柔らかい口調で話し出したスクアーロだったが。

「あ゛――……、ベル?俺だぁ。あのな、」
『どこのバカ鮫だか知らないけど、王子の睡眠邪魔するとかいい度胸じゃね?後でサボテンな、うしし。
で、用件は?さっさと言えよ。もしかしたら返事してやるかもしんないし。ほら、ぴー。』
「………………。」

……っの野郎、録音か!

以前ザンザスの執務室からかけたときには機械音声が応答したはずだ。
恐らくはスクアーロからの回線のみ、こうしておちょくるような音声を吹き込んであるのだろう。
あんのクソ王子が、ぜってぇ配線付け替えてやる、と堅く心に誓いながら、スクアーロはぎりぎりと歯ぎしりしながらザンザスに預かった言葉を伝える。

「う゛お゛ぉい、聞いてっかぁ。ボスが、ボンゴレに呼ばれて昼飯食いに行ってんだぁ。
刀小僧の親父がこっち来てるらしくてよぉ、チラシ寿司『行く。』……。」

寝起きのせいか掠れてはいたが、意思だけははっきりとしたベルフェゴールの声が届いた。
今度こそは録音ではなかったが、短い返答とともに回線はぷつりと切れてしまう。
受話器を握り潰す勢いで力を込めながら、スクアーロは唇をわななかせた。
あれだけ悩んだというのにおちょくられた挙句、食べ物をチラつかせた途端にこれだ。
ベルフェゴールの舌が肥えているのは知っているが、あの寝起きの悪さを吹き飛ばすほど威力があるとは思わなかった。
以前ご馳走になったチラシ寿司は確かに旨かったし、ベルフェゴールが気に入るのも理解は出来るのだが。

「やっぱ貧乏くじかぁド畜生おぉ……!!」

そもそもザンザスがわざわざ出かけていくくらいだ、彼自身が気に入っているものを、ベルフェゴールが嫌うとは思っていまい。
舌の肥えた者同士味覚は合うらしく、異なるのは酒の好みくらいなものだ。
チラシ寿司をエサにすればベルフェゴールがすぐに食いつくのを知っていて、わざわざスクアーロに伝言を命じたのは他でもない。
ただの嫌がらせだ。
恐らくはそう、もうずっと昔の、彼に不通音を聞かせたことに端を発する。
頭に血がのぼる、とは正にこのことだろうか。
スクアーロは一度回線を切ると、今度は機械班へとかけ直す。


「う゛お゛ぉい!!工具持ってすぐ来やがれぇ!!」


有言実行。
後先のことを考えず、スクアーロは配線工事を強行したのだった。


おまけ


「さて、どうやって死にてぇ?スクアーロ」
「しし、俺さぁ、わざわざナイフ新調してきたんだぜー」

手当たり次第に配線を付け替えた結果、ヴァリアーの邸は一時混乱に陥った。
ザンザスによるスクアーロへの呼び出しはレヴィに繋がり、綱吉の電話はマーモンと共に昼寝をしていたベルフェゴールに繋がる始末。
夜には配線の修理も完了し、一応の収束を得たのだが―――…そのヴァリアーの邸の片隅だ。
どう落とし前をつけてくれるのだと青筋を浮かべた二人を相手に、なんで早まったんだ昼間の俺、と
壁際に追い詰められて冷や汗を流す哀れな男の姿があった。


fin.


08.08.22 08.12.02 掲載 08.08.22〜08.12.02 WEB拍手掲載 << Back