甘切ないというか 死ネタなので苦手な方はご注意ください。 ― 一瞬のなかの永遠に。 ― 真夜中。 電話に出れば、最近では珍しく慌てた10代目の声。 『リボーンが死んだ』 なんの悪い冗談、なんて。 だから、知ってた。 …ほんとは、知ってた。 一瞬のなかの永遠に。 「なんだ、出かけんのか?」 その声は、いつもと変わりなく。 銜え煙草も、いつも通り。 だからオレも、違和感なんか捨ててしまおうと。 履きかけていた靴から足を抜いて、いつも通り不機嫌を装ってリボーンを迎え入れた。 「邪魔するぞ」 「…ほんっとさ、人の予定なんて気にしないよね」 「ハ、オレがアホ牛気遣ってやらなきゃならない理由がどこにある」 「うっわ、最低」 いつものでいいんだろ? キッチンに向かいながら声をかければ、片手をあげて返事。 頼んだ、くらい言えよな。 文句を投げてみても無意味なのは知っているけれど。 この間、この豆を買い込んだのはいつだったか。 リボーンしか飲まない豆なのに、いつもいつも好きなときに現れるから、ずっとランボの家に置いてあった。 切らす頃になるといつのまにか買い置きがされていて、本当は逐一在庫のチェックでもしてるんじゃないかと疑ったほど。 気まぐれに袋を振ってみると、まだ中身はずいぶん入っている。 …ああ、これを、どう処分しようか。 頭のなか、ふと巡った言葉は切り捨てた。 そんなこと、考えなくていい。 「…てめぇ、いつになったらマトモにコーヒー淹れられんだ」 「うるさいな、文句があるなら自分で淹れればいいだろ」 「おまえの家まで来てそんな面倒してられるか」 ぐいとカップを傾けながら、酷い言い草だ。 毎回、飽きもせずにそんな会話を繰り返しながら、それでもリボーンはランボの家を訪れるのをやめなかった。 いつのまにか、ランボもそれを楽しみにしていて。 (…当たり前のこと、だったのになぁ) 顔には出さないまま、思った。 「やれやれ、今日はまた突然だったな。仕事でも?」 「…フン、たまたま近くにいたからな。コーヒーが飲みたくなっただけだ」 「……オレの家は喫茶店じゃない。」 「そんな台詞はマトモに淹れられるようになってから吐くんだな」 「…やっぱりサイテーだよ、リボーン」 拗ねたランボの言葉に、ふと口元を緩ませる。 その笑顔は、そのままなのに。 いつも通りの、憎くて愛しいあんたのままなのに。 「キスでもしてやろうか」 口元で笑ったまま、あんたが近づいてきて。 …………きっとこれが、最後。 「……そろそろ、帰る」 「…明日、仕事早いんだ?」 「なんだ、泊まってほしかったのか?」 「そんなわけないだろ!」 く、と馬鹿にするように笑うのに、いつも通りの返事。 そしたらおかしそうに、あんたは笑い出した。 「行く所あったんだろ。…来るか」 「…うん。」 差し出された手を取った。 その手がひやりと冷たいのには、気づかないふり。 まだ、一緒にいてくれるんだ。 あんたも、もしかしてまだ離れたくない? おかしいね。いつもあんなに突き放されていたのにね。 コートを羽織って、冷えた玄関へ。 先に外へ出て、半開きにしたドアを支えて、リボーンを待つ。 また銜え煙草で、どうやら最後の一本だったらしいそれを、殊更美味そうに。 「リボーン。煙草の量、最近増えすぎだよ。肺癌になったって知らないからね」 「好きなモン吸って、身体に悪いわけねーだろ」 「どこのオヤジの台詞だよ……痛ッ」 ごつりと遠慮なく拳骨で殴られて、視界が滲む。 最後の最後まで容赦がないのは、優しさなんだか、地なんだか。 ぐしゃりとその手に絡められたのは、癖の強い髪。 その仕草も、優しいてのひらも、変わってなんかいないのに。 「…ねぇリボーン、手ぇ繋ごうよ」 「オレは格下とは手は繋がねぇんだ」 「セックスはすんのかよ」 「…それは別だな。」 畜生。 ぷいとそっぽを向こうとしたところに、伸ばされた手。 見覚えのあるリングの填まったそれが、嬉しくて哀しい。 それから手を繋いで、慣れた道を歩いた。 見慣れた風景なのに、やけに新しい。 繋いでいる間にも、ゆっくりと、リボーンの手は冷たくなっていって。 その度、まるですがるように力を込めた。 …だからきっと、気づかれてた。 いつか来るのだとはわかっていたけれど、まだ来てほしくなかった、分かれ道。 もう、あと数歩の距離だけだ。 目の奥がツンと熱くなって、俯いたら溢れてしまいそうで、慌てて前を向いたら、白い何かがふわりと降りてきた。 「うわ……雪だよ、リボーン!」 薄明るい、濁った灰色の空から。 真っ白な雪が、まるで羽根みたいに。 仕組まれた演出だなんていうなら、ひどく意地の悪い。 「…ランボ」 「…ん…?」 ぴたりと歩む足を止めて、低い声でリボーンが呼んだ。 最後だと、それとわかる声音で。 「オレは、左だ」 「…そっか。オレは逆だよ、リボーン」 「そうか。じゃあな」 「…うん。」 繋いだ手が、するりと離れた。 舞い降りた雪がリボーンの手に落ちて、けれどそれが溶けることはなくて。 「…それじゃ、ね、リボーン」 「……ああ。」 離れていく冷たい体温を、オレの手は、未練がましく追いかけたがったけれど。 叶いはしなくて、背を向けて歩き出す。 通りに響くのは、一人分の足音。 情けないくらい、頬は濡れていて。 それは冷たくなんてなくて熱かったけど、きっと雪が溶けてるだけだなんて、言い訳をして強がって。 「―――…ランボ」 聞いたことがないくらい、柔らかい声が聞こえた。 振り返れば、相変わらず皮肉った笑みを浮かべたあんた。 声は聞こえてこないけれど、唇の動きで。 ずるい男だ。 本当に、最後までずるい男。 うまく、笑えたかな。 あんたに、届いたかな。 涙でぐしゃぐしゃで、あんたが滲んでるのが悔しかったけど。 愛してる。 例え、二度と逢えなくても。 例え、二度と触れられなくても。 この気持ちだけは、どうか。 冷たくなったあんたを抱きしめる前に。 唇に触れた温もりは、真実。 変わらない笑顔も、声も、なにもかも。 どうかどうか、この声が届くようにと。 どうかどうか、この想いが色褪せないようにと。 はらりと舞い降りては儚く消えゆく、その白の。 一瞬のなかの、永遠に願った。 fin.
07.01.30 元はテツユキでした。 << Back