― 夕焼ノスタルジー ―






暮れる街の向こうに、遠い異国を思った。


イタリアの夕暮れは静かだ。
郊外に建てられたこの屋敷からの眺めは、尚更。
窓辺にもたれながら、ランボは静かに溜息をついた。

思い出すのは、幼い頃を過ごした日本の夕暮れ。
奈々がいて、イーピンがいて、賑やかな食卓が待っていた。
綱吉に怒られながら、リボーンに無視されながら、それでも今となっては楽しい思い出だ。
イタリアに帰ってきて、懐かしい面々と騒ぐのももちろん楽しいけれど。
らしくなく、思い出に浸ってしまうのはリボーンのせいだ。
一週間前、突然日本へ発ってしまったから。
綱吉に訊ねてみれば、どうやら任務ではないらしかった。

「久々に帰りたいから、休暇くれって言われてね」

急ぎの仕事も今はないし、と笑っていた綱吉が思い出される。
相変わらず綱吉はランボに優しいけれど、それでもその笑顔の下は読めないのだ。
これ以上は情報をくれないだろうと判断して、ランボは帰路についたのだった。

「日本行くなら、オレも連れてけよなぁ…」

力ない言葉が空気に散る。
この窓からの変わらぬ眺めも今日で7度目。溜息は数え切れないほどだ。
赤と水色の美しかったコントラストも、もう藍色の支配を受けている。
今はただ淋しさを連れてくる、夜の色だ。
この夜の色を従える男は、いつになったら帰ってくるのか。
せめて帰国予定を聞いておけばよかったと、ランボはいささか遅い後悔をした。
「早く帰ってこいよ、バカリボーン…」
呟いて、窓を閉じようとしたときだった。


「誰がバカだ、バカ牛」


聞こえるはずのない声にランボが振り返ろうとした、よりも速く、銃弾がランボの頬をかすめたのだった。




「土産だ」
「えっ、リボ…」
少し前の、ボンゴレの屋敷だ。
突然扉が開いたかと思えば、その先にはリボーンがいたのだった。
早かったね、と綱吉が口にするよりも速く、何かが放物線を描く。
大きめのそれを上手くキャッチしてもう一度リボーンに目を向けたときには、すでにリボーンの姿はそこになかった。
「なんだ、あわただしいな…」
一人ごちながらリボーンの「土産」の包みを解いて、現れたそれに思わず笑ってしまう。
「まったく、帰ってきてすぐ行くくらいなら、一緒に連れてけばいいのに…」
素直さの欠片もないリボーンに、オレが新婚旅行でもプレゼントしてあげようかな、なんて思いつつ、綱吉は「土産」を一粒口に運ぶのだった。



「リ…ボ…いつ、帰ってきたの?」
「たった今だ。どっかのバカ牛が淋しがってやがったからな」
「なっ!!さ、淋しがってないよっ」
「じゃあさっきの台詞はなんだ、バカ牛」
「なっ、あっ、あれは…っ」

そうだ。
ランボの独り言は、ついさっきリボーンに聞かれているのだ。
「あれは、なんだ?」
「〜〜〜〜〜っ!」
いやらしいほど確信犯だ。
上がった口角が憎らしい。
近づいてくるリボーンを、拒む手立てはランボにはない。
「ランボ」
「ん…っ…」
重ねられる唇も、薫る煙草も7日ぶり。
強がる頭に反して身体の方は正直で、貪欲にリボーンを求め始める。

「リボーンっ…」

半ば強引に抱き上げられても、ランボが抵抗することはない。
従順な様子に満足して、リボーンはランボの身体をベッドに降ろした。

「そうだ、土産があるぞ、ランボ」
「土産…?」
「ああ。後でくれてやる」

だから今は、寄越せ。

深いキスを交わしながら、ゆっくりとリボーンに組み敷かれる。
閉じようとした瞳の端、映ったのは丸テーブル。

「リボーン…」

テーブルの上のあれは、きっとリボーンからの「土産」。
無造作に置かれた葡萄の房に、ランボは小さく笑ったのだった。

fin.


06.07.12 << Back