― 痕の残った薬指 ―






「なんで男なんだろ」

散々求め合った褥の上。
ランボの小さな呟きを、紫煙の向こう側に聞いた。

「…何、言ってんだ?」

聞き流しても良かったのだけれど、リボーンはまだ新しい煙草を灰皿に押し付けながら訊ねた。
くしゃりと泣きそうな笑顔で、ランボがリボーンを振り返る。


「だって、さ」


どんなに想ったって。
どんなに愛したって。

「オレはおまえの物になれないだろ?」

心も、身体も、全てを持っていかれても。
誰にも、それは認められない。
わかっていたことだった。
そんなこと、はじめからわかっていた。
わかっていて、リボーンに惹かれたのだ。
けれどふとした瞬間に、ランボの押さえ込んだ感情は零れ出す。
リボーンにあたり散らして、別れかけたことさえある。
気にしていないそぶりで、なにもかもを理解したそぶりで、
本当はいつだって羨ましかった。
陽のあたる場所でリボーンと歩ける、誰からも認めてもらえる他の愛人達が羨ましかった。
リボーンは言葉にしないから。
自分がどの位置に置かれているのか、ランボにはわからなかった。

「何が怖ぇんだ」
「え…?」
「何をそんなに怯えてんだ、ランボ」

リボーンの冷めた視線に、ランボは竦んだ。

ああ、また、失敗した。

リボーンは束縛を嫌う。
以前もそれでモメたのだ、繰り返すべきではなかった。
きっとお情け程度の自分なのに、その自分にうじうじと言われたなら、リボーンだってたまらないだろう。

「…ごめん、なんでもない」

言って、ランボは涙を押さえ込んだ。
そんなランボの様子を見て、リボーンは深く溜息をつく。

「不安か?」
「リボー…」
「形にしねえと、不安か?」

見返す先のリボーンは、先ほどのような冷めた表情ではない。
どことなく、淋しそう、な。
思って、ランボはそれを打ち消した。
馬鹿な。
相手はあのリボーンだ、と。

「ごめん、リボ…」

忘れてよ、と続けるはずが。

「なんでオレが、ここにいると思う」
「……え…」
「わかんなきゃ考えろ」

瞬間、左手をとられて。

「リボ…ッ……痛ッ!」

薬指を、がりりと噛まれた。
きつく噛まれたそこは傷になって、つつ、と赤い血を流す。
リボーンはゆっくりと舐め上げて、それからランボに口付けた。

「んッ、リボー…」
「オレはどうでもいい奴のそばにいるほど暇じゃない」
「リボーン……うわっ」
「もう寝ろ」

大きな手で目元を覆われて、ランボは枕に押し付けられた。
その手のひらが濡れるのに、リボーンは何を言うでもない。

「は…っ…リボーン…」


左手の、薬指。


つけられた傷。
残された痕。

その意味がわからないほど、
ランボはリボーンを理解していないわけじゃない。

「…ッ、リボーン……好き、だよっ、リボーン…っ…」
「ああ、オレもだぞ、ランボ」

嗚咽混じりの告白を聞いて、リボーンはそれにこたえてやる。
それはランボが初めて聞く、リボーンからの「言葉」だった。


「ひっ………ぅぇ、リボーン…ッ…」

とうとう本格的に泣き出したランボに、リボーンは口元だけで苦笑して。
手のひらの下、存分に泣かせてやった。

視界は完全にふさがれたまま。
だから、ランボは気づけなかった。
己をあやすリボーンの、その耳がわずかに赤かったこと。

fin.


06.06.14 砂糖ドル箱7杯分。 << Back