― 意地悪な体温 ― いつから、 いったいいつから。 このどうしようもないほど意地の悪い男に、心を奪われていたんだろう。 「リボーン、また?」 「――――…」 「…ランボ待ってたよ」 「…うるせーな。」 すっかり居ついてしまった、ボンゴレの客間。 誰の趣味なのか、(きっと先代ボンゴレ直々だ)やたらと居心地のいいソファに寝そべって、狸寝入り。 …たぶん、いや絶対、リボーンにはバレてるけど。 先ほどから聞こえていたのは、夜も夜中、ランボさんとの約束を反故にした奴を出迎えたツナと、その本人の会話。 扉をはさんだ向こう側で、悪びれもしない調子のリボーンを、ツナは呆れを含んで責める。 どうせ、今日もきっと約束は守られはしないだろうと踏んでいた。 もう何度目になるのか、彼は自らかけた誘いを軽んじる。 …それは、ランボさんが誘っても同じなのだけれど。 ふっと溜息をついて、ランボはまるで今起きたような顔をつくる。 足取りさえも演技して、重く感じる扉を開けた。 「…ランボ」 先にランボを視認したのは、ツナ。 けれど動く気配を察していたのはリボーンだった。 「よう、アホ牛」 「アホじゃないってば…おはよう、10代目、リボーン」 「ラン…」 「こんな時間まで寝てたのか」 「仕方ないでしょー、リボーン待ってたらつい睡魔が襲ってきたんだから…」 ツナの言葉を遮って、からかう調子のリボーンの声。 きっと、何もかもを察したうえで言葉にしている。 ほんの少しの罪悪感すらにじんではいなくて、ランボは胸の裡に痛みを覚えた。 「すみません10代目、客間、また占領してしまって…」 「いいよランボ、そんなに気遣わないで」 気を遣うべきはリボーンの方だ。 そうとでも言いたげな視線をツナはリボーンへと向けたが、当の本人はどこ吹く風だ。 「ランボ、もう遅いからそこそのまま使っ…」 「オレの部屋来るだろ、ランボ」 「……うん。」 有無を言わさぬリボーンには、遠い昔から慣れたもの。 笑顔が苦笑にならないように、ランボは細心の注意を払って表情を作った。 …誰の目にも、それは明らかだったのだけれど。 「ン、――――…っ、リボ、…ン…ッ」 部屋に行き着くなり。 乱暴に扉を閉めたリボーンに、唇をふさがれた。 すぐに入り込んできた舌に、ランボは思うさまかき乱される。 「――ッぁ、待っ……ふ、んぅ…っ」 黙れ、と言わんばかりに舌を強く吸われて、ランボの膝ががくりと崩れた。 体勢までは崩れなかったのは、リボーンが腰を支えていたから。 その支え手がシャツの中へするりと入り込んできて、ランボの細腰を撫で上げる。 びくりと震えてしまうのは、いままで散々に慣らされたせいで。 「…イイ反応だな、アホ牛」 「ん……っ、アッ、リボーン…!」 「そのまま鳴いてろ」 胸元を這った指先に、ツンととがったそこを摘まれて、耐え切れずに声が漏れた。 肌の上をすべっていく指が自分よりも冷たくて、その体温をリアルに感じる。 熱くなるのは己だけかと、ランボは緩く目を閉じた。 「あ、あ…っ、や、んん……ッ…」 ゆるゆると自身を擦り上げられて、腰が震える。 衣服はとうに剥ぎ取られて、けれどネクタイすら緩めていないリボーンが憎らしい。 何度体を重ねていても、リボーンと肌を合わせることなど片手で足りるほどなのだ。 ランボは、体温を感じる方が好きなのだけれど。 それを知ってか知らずか、リボーンは洋服を脱ぐことをまずしない。 ほかの愛人を抱くときはどうなのか。 自分と同じように洋服を身につけたままなのか、それとも優しく肌を重ねて、その体温を分け合うのか。 ――――――…嫉妬。 そう、きっと嫉妬だ。 見えない誰かに、わからない事実に、ランボはぎり、と締め付けられた。 すでに赤く濡れた目元に、また新しい涙が浮かぶ。 意味合いの違うその涙に、リボーンが気付かぬはずもない。 「…ランボ…?」 今日初めて呼ばれた名前に、ランボはとうとう泣き出した。 「ふ…っぅえ、うっ、ひっ…」 「ラン――…」 「リボ、ンの…ばか…っ…」 「―――――…」 「オレ、が…っ…どんだけ、待っ……んだけ、楽、みに…っ…」 「―――――――…ランボ」 こらえ切れずに宙に舞ったランボの言葉に、 リボーンはもう一度ランボの名前を呼んだ。 腕で顔を覆ったランボの髪に口付けて、ゆっくりと腕を開かせる。 とめどなく頬を伝う涙を舐め上げると、ランボがようやく碧の瞳をのぞかせた。 「…リ、ボ…」 「黙れよ」 「ん…っ…」 名前を呼ぶその唇を、強引に、けれど優しく奪う。 重ねるだけのそれを何度か繰り返して、今度は深く口付ける。 おずおずと差し出されたランボの舌を吸い上げて、なだめるように優しく絡めた。 「ふ…」 「ランボ」 「ん、あ、リボー…」 最後にちゅ、と吸われた唇がじんと熱い。 離れていくのが惜しくて追いかけそうになるのを、ランボは必死でおさえた。 「悪かった」 「え」 珍しく、いや、初めてじゃないか。 彼が自分に謝罪するのは。 驚いて何も言えずにいると、埋め合わせは、とまた聞き慣れない言葉を口にする。 何か欲しい物でもあるか、と訊ねる彼の、その唇に口付ける。 「…ランボ…?」 「リボ…ンも、脱いでよ…」 …欲しい物。 新しいシャツとか、アクセサリーとか、欲しい物はたくさんあるけど。 今ランボさんが欲しいのは、リボーンの体温だけだから。 「…それだけでいいのか?」 潤んだ瞳でねだるランボに、リボーンは唇の片側を上げて笑む。 それはこんなときだけ見せる、ランボさんの大好きな表情。 意地の悪そうな、けれど色気のある、その笑み。 どき、とランボの胸が高鳴るのは、どうしようもないことかもしれない。 そんな身体にしたのは他でもないリボーンで、彼がそのことに対して優越を覚えていることを、当のランボは知る由もない。 「リボー…ン、リボーン…っ…」 「ランボ」 「あっ、あ!や、もう、も…っ…リボーン…!」 散々になぶられたそこから、リボーンの指が引き抜かれて。 熱くなったリボーン自身が、濡れたそこに押し当てられる。 「ふ…、ァ…ッ!」 あてがわれたそれを欲しがって、蕾がひくつくのが自分でもわかる。 残った理性がそれを感じて、ランボは羞恥に頬を染めた。 「欲しがれよ」 「あ・ァ、リボーン…ッ…」 「ランボ」 「んっ…、はや、早く、リボーン…!」 「――――…」 「―――…〜〜ッ欲し、い…ッ、リボーン、欲しいっ」 「………くれてやる」 「ッぁあ――…ッ!」 ニ、と笑った、リボーンの。 熱いそれに押し開かれて、ランボは背を仰け反らせる。 反射的に逃げようとする腰をがっしりと抱え込まれて、強く突き入れられた。 「あ――…ッ!あ、ッは、っっ…!」 乱暴なそれに、けれど慣らされた身体は従順に応える。 始めは緩やかだったそれがだんだんと強さを増し、 ベッドのスプリングが跳ねる音に、ランボは浮いた意識の中で律動の激しさを知った。 ランボの奥を突きながら、リボーンの指先が胸の突起を摘む。 鋭い刺激に高い声を上げ、ランボはリボーンの腕を掴んだ。 「リボ、ン…ッ…リボーン…!」 「ランボ」 「あっ、あ!や、だ、ァ、ッもっと…!」 ランボのそこは粘着質な音を立てながら悦んでリボーンを受け入れる。 リボーンのリズムに合わせて、自ら腰を揺らしつつもあった。 気持ちよくてたまらなくて、ランボは自分の口から漏れる喘ぎと、矛盾した言葉の意味さえすでにわからない。 端々を聞き取ったリボーンが、満足そうに笑んだ。 「リボーンっ……あ、ああぁッ、―――…っ!」 快楽に溺れるランボを見下ろしながら、リボーンは更にその淵へと追い込む。 二人、果てる頃には、ランボの意識は沈んでいた。 かちり。 ダンヒルの炎が静かに揺れる。 細い煙草を燻らせながら、眠るランボを見下ろした。 「……ガキ。」 安心しきった寝顔を見て、ふと悪態が口をつく。 実年齢は4つも上だというのに、まだまだ幼く見える彼は、けれど自分を惹きつけてやまない。 ヒットマン特有の血の臭い。 確かに仕事をこなしているはずなのに、欠片ほども感じない。 額に触れるリボーンの指に、ランボはむずがるような声を上げた。 「……なんでこれなんだ、オレ。」 返答はない、自問自答。 他にいくらでも愛人はいる。 けれど何故か、ランボのそばに帰ってきてしまうのだ。 それはもう、無意識のうちに。 泣かせてやりたいと思う、ベッドの中。 ただ笑っていてほしい、明るい陽の下。 できれば見ることがなければいいと願う、闇の中。 追いかけてくればいいと思う、自分の後ろ。 振り返らなければいいのに、結局振り返ってしまう。 泣いていれば、手を差し伸べてしまう。 そんな甘さはすべて、ランボだけに向けられているのだ。 ランボはもちろん、リボーン自身でさえも、まだ気付いてはいないけれど。 「ん……リボ…」 夢の中、リボーンの名前を呼ぶランボ。 その表情は柔らかだ。 口元が緩むのに、はた、と気付く。 「……………くそ。」 溜息をついて、リボーンは癖の強い髪を梳いてやった。 fin.
06.06.12 << Back