<油性ペンで書かれた生命線 08.08.26> REBORN! ベルフェゴール+スクアーロ 「ボス、は、いつ帰ってくるの」 「……さあなぁ。俺にも分かんねぇよ……」 あっけない最後だった。 凍りつくザンザスを見届けた後、ようやく追いついてきたボンゴレの直属部隊に捕縛された。 後ろ手に縛られ、目隠しをされたまま引き摺られてきた部屋に、よく知った気配。 まさか幼子にまで自分と同じ束縛を強いてはいないだろうと思ったが、聞こえてきた声にはいつもの無邪気さの欠片もなかった。 ……敗けたのだ、自分達は。 代償があって当たり前。 それはあまりに大きかったけれど。 * * * ザンザスを失ったヴァリアーは、一時は解体の危機に晒された。 それをどうにか押し退けた後、待っていたのは虚無だった。 主を失った部屋は色褪せて見えて、機能を止めたヴァリアーはただ静かだった。 響く怒号も、不機嫌な舌打ちも今はない。 書きかけの書類をファイルに綴じて、スクアーロはザンザスの定位置に腰を下ろした。 座り心地の良い椅子は、けれど慣れなくて居心地が悪い。 真っ直ぐに視線をあげれば、ザンザスが見ていただろう室内の様子が窺える。 滅多に集められることはなかったけれど、支配者然として彼がここに座るとき、妙に落ち着いて見えたものだ。 ザンザスの側について誰かをこの部屋に迎えるときには、視線はもう少し高い。 スクアーロの年齢のためか出自のためか、次席は他の男に与えられていたけれど、ザンザスが側を許したのはスクアーロだけだった。 ザンザスは側に置く物はすべて自分で選んでいた。人も、物も、何もかも。 他の誰でもなくザンザスの手によって選ばれたことを、スクアーロは誇りにしていた。 むろんそれを誇張することも、表立って口にすることもなかったけれど。 報いるために、必要がないと知っていて、勝手に彼を守ると決めた。 その野望の実現のために忠実な手足となって動き、その過程で命を落とすのならそれで構わないとさえ思っていた。 左手を落とした。誓いも立てた。 そうまでしてついていくと決めたのに。 (―――――……守れなかった) あのとき、誰より側にいた。 守れるのは自分だけだった。 守りたいと願った。 けれど傷を負って疲弊した身体は動くことはなく、ただ凍りつく主を見ていることしか出来なかった。 あのとき、誰より無力だった。 ぎりりと歯噛みして、スクアーロは目を閉じた。 握り締めた拳のなか、爪が自らを傷つけるのも厭わずに。血を流すことさえない左手は、今はただ疎ましいばかりだった。 瞬間、叩きつけて壊そうと振り上げた手を止めたのは、軽い音を立てて開かれた扉の向こうに、小さなティアラを見つけたからだ。 「ベル?どうし――…」 「左手。どうしたの」 訊ねるより先に、似合わぬ硬い声音で問われて視線を逸らした。 彼の目にはどう映っただろうか。 常識からは外れているが利発な子供だ、ごまかせるとは思わなかった。 「……ボスに怒られるよ」 目が醒めて、また左手がなかったら。 ぽつりと寄越された言葉に苦笑する。 ゆるゆると手を下げれば、扉を閉じたベルフェゴールが執務机の前まで寄ってきた。 「どうしたぁ?今日は中庭行かねぇのかぁ」 「今日は、ボンゴレの奴らが来てるから。王子あいつら嫌い」 「ああ……オッタビオんとこに来てんだろぉ。どうせまたくだらねぇ任務でも持ってきたんだぜ」 「ボスがいた頃は、もっとちゃんとしてたのに」 「……仕方ねぇよ。俺達は敗けたんだぁ……」 言葉にすればなお重い。 吐き出しながら、それでも胸に澱む思いが苦くて仕方ない。 嘆いたところで、今はまだザンザスがどこに居るのかさえ分からない。 下手に動くことも出来ず、ただボンゴレの言いなりになるばかりの現状はたまらなく苦痛だった。 「しし、弱気なの似合わねーよ、スクアーロ」 「うるせぇ。誰がいつ弱気になったぁ」 「いま正に。ボスが居たら殴られてる」 「……そーかもなぁ。」 まさか励まされるとは思わなかった。 そんなに酷い顔をしているだろうかと、部屋に鏡がないのをもどかしく思うほどだ。 常なら生意気だと頬をつねってやりたくなるのだが、今は苦笑混じりの返答が精一杯で情けない。 相手はまだ、10にも届かぬ子供だというのに。 「ほんとに、らしくないんだけど。生命線切れてんじゃねーの」 「俺ぁ義手だからなぁ。生命線もなんもねぇよ」 「あ、そっか。じゃあこれでいいや、手ぇ出せよスクアーロ」 「手?」 「左手!」 にぃ、と笑ったベルフェゴールに、半ば引っ張られるようにして差し出した左手。 ボンゴレの技術の粋を集めて造られたその義手に、歪な黒い線が走った。 一瞬の間を置いて、自分の身に起きたことを理解したスクアーロが蒼褪める。 「おまっ、ベル!なにして…」 「生命線ないんなら、描き足せばいいだけの話だろ。しし」 「じゃねぇよ!おまえ、これ一応精密機械だぞぉ!動かなくなったら…」 「付け替えなよ。また王子が生命線描いてやるから」 「……おまえなぁ……」 そういう問題じゃねぇだろ、と音になりかけた台詞も、無邪気に笑うベルフェゴールの前には溶けていく。 見下ろす、失ったはずの左手には歪んで曲がった生命線。 やけに優しい曲線に見えて、なんだか視界が揺らめいた。 fin.
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