<理性ってなんだ 08.08.20> BLEACH 剣八×一護 「必要か?」 唐突に訊ねられて、一護は返答に窮した。 戦いを求めるのに理性はいらないと男は言ったが、理性を殺いだ先にあるのは戦いではなく殺し合いだ。 思って、そういえば一番初めに殺しあいに来たと言われたのを思い出した。 けれどそれは生きるために相手を食らうのではなく、彼はただ純粋に愉しみたかっただけだ。 己の認めた相手と剣を交えることが心の底から好きで好きでたまらないのだと、それが本能なのだと言っていた。 理性がなければ愉しむという概念も生まれないのではないだろうか。 考えても望む答えが己の内に湧くことはなく、一護は溜息とともに考えるのを放棄した。 「分かんねぇ。でも、みんな持ってんじゃねぇの?」 もちろん、あんたも。 続けて言えば、大柄な男はさも不機嫌そうに表情をしかめてみせた。 「馬鹿言ってんじゃねえ。俺ぁハナから理性なんて面倒なモン持った覚えはねぇよ」 「あんた、正気も持った覚えねぇとか言ってたな」 「ああ、最高に愉しかったぜあんときは。だから殺り合おうって言ってんじゃねぇか」 「あんたに正気や理性がなくても、俺にはちゃんと備わってんだよ」 獣じゃねぇんだから、と繋げて、一護は布団代わりの隊長羽織に包まる。 男と関係を持ち始めたのがいつのことだったかもう覚えてはいないが、既に事後の空気に慣れるだけの月日は経っていた。 今日も今日とて元柳斎に呼ばれたと思えば、その帰り際には捕まっていたのだ。 霊圧知覚がとことん低いくせに、どうしてか男は一護の霊圧にだけは鋭い。 「おいコラ、勝手に寝るんじゃねぇよ」 「うるせーなぁ、俺は剣八と違って体力馬鹿じゃねーの。あんたの相手は疲れるんだってば…」 「さんざん啼いて善がって乱れてやがったのはどこのどいつ…」 「だー!!!真顔でそんな台詞吐くんじゃねぇよデリカシーねえな!!」 「でりかしー?現世の言葉で言うんじゃねえよ、分かんねぇ」 「心配りっつーか思いやりっつーか、なんだ、相手に対する礼儀っつーかよ!」 「そんなもん俺に期待すんじゃねぇよ」 「あーもー分かってるよ俺が悪かった!」 まったく、と頬を赤らめながら一護は剣八から視線を逸らす。 言いたいことはずけずけと口に出すのが剣八の性だが、己の身に起こったことを他人の口から聞かされることほど 羞恥を煽るものはない。確信犯なら相当な曲者だ。 この男に限ってそんな駆け引きめいたことをするはずはないだろうが、と一度は逸らした視線をちらりと戻せば、 目ざとく気づいたのか同じように視線でなんだと問うてくる。 「……なんでもねぇよ。もー寝っからな、俺」 「てめえ、俺の問いに答えもしねぇで寝れると思うなよ。毎度毎度逃げ回りやがって」 「あんたが殺気全開で襲いかかってこなきゃ、俺だって逃げたりしねぇよ」 「最高に面白ぇ獲物が目の前にいんのに、追いかけずにいられるかよ」 「……あんたそれ、まんまケダモノの台詞だぞ……」 「は、ケダモノか。上等じゃねぇか」 そう言って吐き捨てるように笑った顔と声に、一護はどこか違和感を覚えた。 いつか―――……そう、恋次だったろうか、話してくれたのは。 剣八の姓である更木は、流魂街の最下層の地名であるらしい。 恋次自身が居たのもそう変わらない土地だったと聞いたが、日々血飛沫が舞い、呼吸すらままならない、 そんな暗い闇の底が更木なのだと言っていた。 獣が獣を喰い、殺し合い、そうすることでしか生きられない土地だと。 思い出して、触れてはいけないことに触れてしまったか、と一護は冷水を浴びせられた思いをした。 「あー……その、悪い、剣八…俺、」 「あぁ?なに謝ってんだてめぇ」 身を固くして覇気のない声を出し始めた一護に、剣八が訝しげな声を出す。 まったくもって分からない、といった表情で覗き込まれて、あたふたと視線を泳がせる一護だ。 「いや、その、な。ケダモノっつったのに、別に深い意味があったわけじゃ…はずみっつーか、その、ごめん……」 「なんだァ?気持ち悪ぃ…………ああ、てめぇ、誰かから聞いたのか。阿散井あたりか?」 こくりと頷けば、剣八は、あー、と低く呻いて天を仰ぎ、それからがしがしと頭を掻いた。 「いつ聞いたか知らねぇが、もう何百年も前の話だ。引き合いに出されてもどうもこうもしねぇよ」 「けど、」 「引きずんな。んな湿っぽい話でもねぇし、同情される立場でもねぇよ」 言葉を遮られて言い切られてしまえば、一護に続けられる言葉はない。 見た目から年齢を判断出来ない死神達だが、ルキアがそうであるように、およそ想像のつかない年月を過ごしてきた彼らだ。 一護にしてみればつい最近聞いた話でも、本人にとっては記憶の片隅で埃を被っている事柄もある。 それでも、夜一から聞いた剣八の隊長就任の異色さを鑑みれば、 剣八にとって更木で過ごした時間は楔として深く深く記憶に打ち込まれているに違いない。 剣八から見れば毛の先ほどしか生きていない一護が、立ち入っていい事柄でないのは明らかだった。 浮かない顔つきのまま黙り込んだ一護に、剣八は人の悪い笑みを浮かべる。 「まあ、どうしても謝罪してぇってんなら」 投げかけられた言葉に一護が視線を合わせるのを待って、 「もっぺん抱かせろ」 「え………、っはァ!?おい、けんぱ…っ」 「黙ってろよ」 先ほど見せた表情と、強い眼差しは幻だったのだろうか。 そう思うほど突拍子もない台詞と図体に似合わない俊敏な動きで、剣八は一護を組み敷いた。 もとより体格の差は明らかで、両腕で抵抗しても片手で封じられてしまうほどだ。 おそるおそる見上げた先に、舌を嘗めずる剣八が映った。 ふ、と遠くなる意識に、観念しろ、と低い声が届く。 同時に顔を寄せた剣八が、隊長羽織でわずかに隠されただけの一護の首筋に歯を立てた。 やっぱり獣だ、この男。 溜息をひとつ、白く鈍い刃が齎すちりちりと焼けつくような痛みに、一護は己の運命を嘆いた。 (こんな男に惚れてるあたり、俺にも理性はないかもしれない。) fin.
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