Around The World      10.03.24初出 10.03.29加筆修正




※579話抵触
 捏造注意








ざん、と波を切る音が、やけに懐かしい気がする。
腰を下ろす船のへりの感触は、何十年と愛でてきた鯨のものではないけれど。
嫌われても愛しいと想い続けてきた、けれどいまは憎らしいほど広がる青い海に目を凝らす。
照りつける太陽が、きらきらと眩く反射して網膜を焼いていく。
この果てに、一体なにを夢見ただろう。
潮風に身をさらしながら、マルコは背後から聞こえた足音にゆっくりと振り向いた。

「……赤髪」

その男の代名詞である、二つ名。
これほど穏やかにその名を紡いだのはこれが初めてかもしれないと、決して短くはない付き合いだがそう思う。
残った右の腕を軽く上げて、快活ないつもの笑みとは違う、少しだけ苦い笑みでシャンクスが笑った。

「……どうするんだ、これから」

マルコの隣、座るへりに腕をかけ、背を預ける形でシャンクスが傍へと寄った。
能力者だというのに片膝を立てて座り、もう片脚をぶらつかせるマルコは、どうしたものかねい、と鼻で笑う。

「……あいつを贈り届けて、おれ達は役目を終えた。海軍に追われるのも面倒だ、どっかの船の副船長みたく隠居生活でも楽しもうかねい」
「おまえが、レイリーさんみたいにか?似合わねェことはするもんじゃねェぞ」

くく、と噛み殺すように笑って、シャンクスがわずかな間視線を落とした。
短い笑いを収め、そのまま、ふと表情を改める。
それをちらと見下ろしたマルコが、どこかぴんと一本糸が張り詰めたようなシャンクスの様子にすっと目を細めた。
彼から紡がれる一言を、たぶん、本能的に知っている。


「本気で、おれのとこに来る気はねェのか、マルコ」


重く吐き出すように口にするとともに、まるで睨みつけるような、意志の強い瞳がマルコの向ける冷やかな青い瞳を見返した。
実に静かな、けれど見下ろす側も、見上げる側も、どちらも一歩として譲る気配のない。
二人の間、ぴしりと、船の木目が悲鳴を上げた気さえする。
時間にしてみればきっと、わずかな間だったのだろうけれど。

沈黙を破ったのはマルコの方だ。
一度目を伏せ、再びその青を覗かせた彼は、口元にニィといつもの人を食ったような笑みを浮かべていた。

「馬鹿言ってんじゃねェよい、"赤髪"。おれは白ひげの息子で、おまえの敵だ。……それは例え親父が死んだ今でも……、これから先もずっと、絶対に変わらねェ」

だから諦めろ。
そう言って、ぴょん、と船のへりから飛び降りる。
滅多に見せることのない、マルコにしては珍しく頓狂な動きだ。
そのまますたすたと船首へと足を向けるマルコに、いったい何度目の勧誘失敗になるだろうとシャンクスが諦め混じりの溜息である。

「ったく、揃いも揃ってつれねェな……、エースも……、あいつも、そう言って断りやがった」

シャンクスの言葉に、マルコの歩みが一瞬だけぴたりと止まる。
すぅ、と息を吸い込んだ後、再び歩き始めたマルコが、

「……当たり前だろい。あいつの親父は、親父だけだ」
「おれは好きだったんだがな、船長」
「おれらにしてみりゃァ、憎たらしい相手だったがねい」
「はは、そりゃ違いねェ!」

呑みにくりゃ親父を独占しやがるしな、と、嫉妬混じりの台詞まで聞かされて、シャンクスは敵わないと笑った。
これだから。
こうしてツレない相手だから、何度だって誘うのだ。
自分を相手にして、対等以上に物事を見、言葉遊びを仕掛けてくる相手など片手で数えて余るほど。
数少ない、言わば手の届くことのない、けれど誰より身近な悪友みたいなものだ。
そんな貴重な男が同じ海にいることに、シャンクスは柄にもなく神に感謝する。

「マルコ!気が向いたらいつでも船乗れよ!」

迷うことなく歩みを続けるマルコの背にそう叫ぶと、やる気のなさそうな後ろ姿が片手を上げてひらひらと振った。
その手がそのまま青い炎になり、翼になり、彼がその姿を変えて青い空へと溶け込んでいくのを見送って、


「あーあ、フラれた!」


シャンクスがそう笑って嘆くのへ、低い笑い声が落ちてくる。
視線を上げた先には、咥え煙草がやけに似合う、シャンクスが副船長と頼む男だ。


「また失敗したのかシャンクス」
「おいおい、なんだァ?覗き見はあんまり感心しねえぞお?」
「あんたが真剣な顔で男を口説いてるのは、いい暇潰しになるんでな」
「っかー!悪趣味!!助け舟くらい出せよなあ」
「そんなんで振り向くようなタマじゃないだろう、あいつは」
「わかってんよ!ったく、ほら、宴だ宴!主役にゃ逃げられたけどな!」


辛気臭いのは似合わないのだと自棄酒する気満々のシャンクスに、ベックマンは刻み慣れた苦笑とともに煙草の煙を長く吐き出す。
名残惜しむように細く揺れて潮風にかき消えた紫煙と、どこまでも続く大海原。
穏やかに過ぎていく時間を、見下ろす太陽がただ笑っていた。


fin.


title:カクテル
シャンクス登場に滾った夜中のチャットから派生。
マルコとシャンクスに会話があるとしたらどんなんかね、がテーマでした。
というわけでムーみんへ。笑

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