抱いてもいいか、と、普段は傲慢で不遜を絵に描いたような男が律儀に尋ねてくるときは、
だいたいにして甘ったるい愛撫に泣かされるハメになる。
「……っ、ん」
背骨をたどる唇が似合わぬほど優しい。
いつもよりずっときつく抱きしめてくるその腕も、鼓動を確かめるように胸を這う指も、ひどく熱い。
触れたところから、まるで炎が混じり合うような錯覚にさえ陥る。
ぎゅうと抱きすくめられると、背中越しに穏やかな鼓動が重なった。
熱が上がるのはこちらばかりかと悔しく思うけれど、見透かしたように突き上げられて、
文句は甘い喘ぎに溶けた。
「っぁ、マ……ッ」
名前を呼ぼうとすれば、男の指先が優しく制する。
ゆるりと濡れた唇をくすぐるその指に噛み付いてやりたくなるけれど、
そうする前に意地悪な指は逃げていく。
震える吐息が、名残惜し気に指先を追った。
昨日、一人の家族が船を去った。
襲撃のさなか、背後からの毒針。
海へ落ちようとする彼の身体に手を伸ばしたのは他でもないマルコで、ただ、その手は彼に届かなかった。
海に落ちた彼を引き上げたのは他の隊員で、そのときにはもう、虫の息。
「迷惑かけてすんません、手、伸ばしてくれて嬉しかったです」
彼はそう笑って死んだそうだ。
その場にはいられなかったけれど、後で対面した彼は安らかに眠っていたから、
きっと後悔はないのだろうと思う。
後悔をしているのは、彼では、なくて。
「ア、ァ、っん……!」
ゆるく、けれど狙って送り込まれる腰。
誰かが傷ついた夜、誰かを失った夜、男は温もりを確かめるように自分を抱く。
誰にも見せはしない弱さを、ほんのすこしだけ吐き出すように。
男が泣くところを見たことはない。
いつだって凛と立って、前を見据えて、そのすべてを呑み込んだ。
男も周りも、それを当然のものと受け止めているけれど。
またすこし、抱きしめる腕の力が強まって、無意識に息を吐く。
抱きしめたいのはこちらだと、今夜もまた、言えそうになかった。
fin.
title:xx
弱りマルコ。
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