恋人の気まぐれは今に始まったことではない。
なにかあったのかと疑いたくなるほど散々構い倒してくれた後には放っぽらかして見向きもしなかったり、
いくら誘ってもねだっても応じてくれなかったと思えば突然部屋に押し掛けてきたり。
いったいどこにやる気スイッチがあるのか分からない年上の恋人相手では、いちいち振り回されていては身がもたない。
そんな男に付き合ってきたエースにも、相当な酔狂だという自覚はあるが。

それにしても、だ。
本当に、この一番隊隊長殿の頭の中は、いつまで経ってもエースには計り知ることが出来ないのだった。

「ぅあ…ッ、あ、や……!」

零れるのは甘く濡れた喘ぎばかりだ。
涙で歪む天井を視界に映して、エースはぎゅっと目を閉じた。



ようやく、夜が明ける頃。
縄張りの近くで駄々こねてる馬鹿どもがいるから遊んでやれ、と親父直々のご指名を受けて三日ばかり本船を離れていたエースが、
眠い目をこすりながらの帰還を果たした。
ちょうど見張り番に立っていた二番隊の隊員達に迎えられ、まだ冷えるからと掛けられた上着の代わりに、土産に奪ってきた財宝を預ける。
報告に行くには早過ぎる時間かと思ったが、先ほどマルコの姿を見たとの情報も得た。
ならば義務はさっさと果たしておこうとマルコの部屋を訪れたのだが、あいにくあの特徴的な姿がない。
一体どこへ、と食堂へ足を向けるべくその部屋を出たところで、一番隊の隊員に出くわしたエースだ。

「なァ、マルコ知らないか」
「マルコ隊長なら、先ほど、昼過ぎには着く予定の島へ偵察に行かれました」

聞けば、「エースが出て行ったばかりだ、また駄々っ子の悪ガキどもがいたら邪魔だろい」とひとっ飛び行ってしまったのだと言う。
きっと彼にしてもエースがこの時間に戻ってくるのは予想外だったのだろう。仕方がない。
親父に報告しようにも、この時間では高いびきで寝ているはずだ。
この空いてしまった時間をどう有効活用しようか。
深くは考えずとも、答えは己の手の中にある。
いま出てきたばかりの扉に向かって、くるり、踵を返す。
馬鹿な海賊達を仕置きした後、一睡もとらずにストライカーを走らせてきたおかげで眠くて眠くて仕方がないのだ。
ドアノブを回せば、広がるのは彼の空間。
ベッドの寝心地の良さは、身をもって体験済みだ。
睡魔と大好きな彼の匂いとに唆されては、エースの瞼が落ちるのはいつもよりだいぶ早かった。


エースが目を醒ましたのは、夜に差し掛かる夕暮れ時だ。
名残惜しそうに窓から差し込む夕陽はまだ暖かくて、これから訪れる冷え込みを和らげてくれる。
常であればその温もりを惜しみながら暖を取るために火を入れる時分であるのだが。
いま己の身体を苛む熱に、そんなものは必要なかった。

「や、だ……っ、マルコ…!」

いったいいつの間に帰ってきたのだろうか。
いや、昼過ぎには島に着くと言っていたのだから、きっと仲間が起き出す頃には帰ってきたはずだ。
そういえば船が停まっている。
彼が親父への報告を済ませ、遅めの朝食を摂った後は、停船の指示出しに忙しくなる頃合いだ。
非番であったり航海中であれば暇を見つけては自室で読書に勤しむマルコだが、上陸の日ともなればなかなか自室に戻ってくることはない。
きっと上陸準備をするどこかで、二番隊の隊員からエースが帰ったことを聞いたのだろう。
時間帯から行き違ってしまったことを知ったマルコが、仮眠を取っているエースを叩き起こしてまで報告させることはない。
事が事なら、また別だが。

それにしても寝過ぎだと、きっと一段落着いたところで呆れながらエースの自室へ向かったはずだ。
そして訪れたエースの部屋にその姿がないとなれば、マルコの足が向くのは自室である。
案の定マルコの部屋にいて、ぼうっと宙を見ていたエースに、マルコは静かに「おかえり」と言った。
「帰る場所」のある嬉しさに、寝起きの回らない頭で恋人にふにゃりと笑いかけたことは、エースもおぼろげに覚えている。
「ただいま」というよりも早く、寝起きには濃厚なキスをもらったことも。
ゆるりとエースの頬をくすぐったマルコの指に、慈しむだけでないなにかを感じ取って、そういえば最後に抱かれたのはいつだったろうと、そう思った。
キスがまたひとつ深まって、息苦しさとともに頭の芯がじんと痺れて、抵抗なんて言葉は知らないように、エースの身体から力が抜けた頃。
先ほどまで眠っていたそのベッドに、再び沈められたのだった。

それが、わずかに数分前のこと。



「も、やっ……あッ」

見下ろす脚の間に、一度見たら忘れないような特徴的なその金髪。
聞こえてくる粘着質な水音に耳を塞ぎたくなるけれど、両の手は中途半端に脱がされた上着で拘束されている。
元より、マルコの与える快楽に弱いエースだ。
そろと指でなぞられながら先端をぐるりとなぶられただけで呼吸が上がる。
挙句、ふいに弱いところを突くものだからたまらない。
ぎり、と奥歯を噛み締めても、次の瞬間にはそれが解けて、嫌になるほど甘い声が漏れた。


「やめ、…っァ、マル、コ…!」


限界だ。
訴えた。
久しぶりの愛撫は、予想以上の快感を連れてきた。
されたことがないわけではないし、まったく慣れない感覚だというのでもない。
けれど、こんなのは知らない。
こんな、自分でも手の届かないような深くから貪られて、引きずり出されるような悦楽は。

視界の向こう側に、ちらちらと光がちらついている。
手を伸ばしかけて、どうにも触れるのが怖くて引き戻す。
すると決まって、早く達してしまえとマルコの愛撫が続くのだ。
達してしまいたいけれど、まさかこの状態で吐き出せるはずもない。


「マルコ…!も、無理、はな…っ」


離して。頼むから、離してくれ。
ねだる声から哀願に変わる声を聞いて、ようやくマルコが唇を離す。
ほぅ、とエースが安堵したような吐息を漏らしたその直後、

「うるせェよい。黙って感じてろいっての」

聞こえて、何を、と見下ろせば、妖しく笑んだ青い瞳とかち合った。
舐め上げるようにこちらを見上げたその瞳は逸らされないまま、先走りとか唾液とか、散々に濡れててらてらと光る先端に軽く口付けられる。

「ッア!」

やめてくれるのかと淡い期待を抱いた直後だ。
予期せぬ刺激と気恥ずかしさに、エースの腰がびくりと跳ねた。
それから少しのいとまも与えず、マルコが深く咥え込む。
無防備なままで強く吸い上げられて、エースが高く鳴いた。

「ッや、ぅあ、ぁッ!」

反射的に目を瞑った、その淵から滲んだ涙が頬を伝う。
もういやだ、とエースが頭の中でだけ浮かべる泣き言は通じるはずもなくて、ただ掴まれた脚ががくがくと震えた。
間近で震える脚に視線をやりながら、この意地っぱりめとマルコは胸中で溜息だ。
いい加減、顎も疲れてきた。

「マ、ルコ!も、やば、から…っ…」

浅く短い呼吸に乗せる言葉を、いい加減に諦めたらいいのだと思いながら、最後だと言わんばかり、
マルコは先端を思いきり吸い上げて唇で扱き、しとどに濡れた後ろに指をねじ込んでやった。


「ッああ、ぁ、――――……ッ!」


声にならない声を上げて、エースは達した。
どくどくと心臓が早鐘を打って、耳にうるさい。
瞑った瞼の裏に灼かれるような光が走って、ふいに意識が遠くなった気さえする。
エースのつま先はシーツを掻くように引き攣り、マルコが口内に迎え入れた熱はびくびくと脈打って白濁を吐き出した。
断続的に吐き出されるそれを残さず吸い上げてやって、マルコは唇を離す。
ねとりと、名残惜しげな糸が引いた。

「は……ッ……、は、ぁ……」

目元を拘束された腕で隠して荒く息をつくエースの、その腕を上に押し上げる。
気付いて、何事かと向けてきた潤んだ瞳とマルコの視線が交わった。
エースが見たのは、意味ありげに細められたマルコの青い瞳である。
その瞳がにやりと笑んだ、直後。
殊更ゆっくりと見せつけるように、マルコは咥内に含んだエースの精液をごくりと飲み下した。
その行為に、快楽の残滓に熱を孕んでぼんやりとしていたぬばたまの瞳が、張り裂けんばかりに見瞠られる。

「ば……っ、マルコ、出せっ!」
「いっぺん飲んじまったもんは無理だよい」
「いいから、出せって!」
「おれァ牛じゃねんだよい」
「だ…っ……も、ありえねェって……!」

ぺろりとその厚い唇を舐めた舌に、エースは眩暈を覚える。
マルコが。マルコに。オレの。
目の前で行われたその行為が、例え以前にされたこともしたこともある行為でも、そんなに堂々と見せつけられてはずいぶんと受ける衝撃が違うものだ。
先ほどとは別の意味で顔に熱が集まり出して、目を合わせていられずに横を向く。
ついでにぎゅうと瞳を閉じてしまって、出来れば耳も塞ぎたい、と叶わないことを願った。

「エース」
「…………」
「こら、シカトしてんじゃねェよい」

マルコがぐいと顎先を掴んで顔を自分へ戻してみても、エースの目は開かれない。
すっかり上気した頬を晒したまま、瞳と同じ色をした睫毛が震えていた。

このまま無反応でいれば、諦めてくれるんじゃないか。

そんなことを少しだけ期待したエースは、すぐさま後悔することになる。
当然も当然、三日も顔を合わせていなかった、最後に肌を重ねたのがいつだったかも覚えていない恋人にそんな姿を晒されて、
ぽいと放り出せるほどマルコだって老成していないのだ。
間近にあったマルコの顔が退いた、そんな気配がした矢先だった。


「ッあ……!?」


再び自身に感じた、ぬるりとした生温かい感触。
思わず閉じた瞳をかっと開いて見下ろせば、マルコの赤い舌がペニスに這わされたところ。
それから、口には出せない場所にも、指の感触。

「ちょ、え、マルコ!?」
「……覚悟しろよい、エース」


搾れるだけ搾り取ってやるよい。
先端に犬歯を当ててにやりと笑うマルコに、エースはこのまま気絶してしまえたらと本気で思った。


fin.


みつけーてあげるよーきみだけのーやるきすいっちー << Back