眠る、その喉元をなぞるとひくりと肩が震えた。
気配に敏いはずの男が目覚める様子さえ見せないことに、少しの優越感。
それだけ気を許せる場所になれているのかと思えばこそだ。
窓枠に丸く切り取られた月明かりが照らす寝顔は、ひどく幼く頼りない。
ほんの少し、指先に力を込めたなら、すぐにでも壊してしまえそうだ。

あれだけ牙を剥いていた野良猫は、懐にさえ入れてしまえば、なんてことはないただの可愛い仔猫だった。
甘えることを知らずに育った分、大人びて見えてはいたものの、これだけの大所帯、それも親子ほど年の離れた兄貴分に囲まれては、
嫌でも子供の顔が覗いてくるというものだ。
まだ20歳にも満たなかったその「息子」が抱え込んだ荷物を少しずつ他に預けられるようになったのは、
正式に船に迎えられてからそうは経たないころだった。

一番初めに手懐けたのは親父だった。
いまとなっては少しばかり悔しいが、とマルコは思う。
仕方がない、あの器の大きい男に手懐けられたのは、この船に乗るすべての「息子」がそうなのだから。
しかし二番目は譲れない。
親父の次に懐かれたのは自分だと、マルコとサッチの間で未だに決着のつかぬ論争が繰り広げられていることは、
エースには口が裂けても言えない大人げない事実である。

初めは手のかかる弟分、ただそれだけだったはずが。
思った以上に懐かれてしまって、
思った以上に情が移ってしまって、
確信犯的に手を出してしまったことを、マルコ自身は悔いていない。
悔いていない、が。


「……なにもおれに捕まることはなかったろい……」


ふわりと柔らかい黒髪を梳きながら、ぽつりと零す。
己が性質の悪い男だということくらい、マルコにだって自覚はあるのだ。
一晩限りは掃いて捨てるほどいたし、時にはすがる女を棄ててもきた。
同じ船の「家族」は大事にしてきたが、誰か一人を大事に思ったことはない。
刹那的な色恋ばかりを繰り返してきたのは、海賊の性だとか業だとか呼ぶべきものだろうか。
……それがまさか、こうも年の離れた相手にのめり込んでしまう日がくるとは、夢にも思っていなかった。

この年下の恋人をどう手懐けて手元に置いて、自分のものにしていよう。
頭を占めるのはそんなことばかりである。
四十にして惑わず、とはどこで聞いた言葉だったか。
毎日のように惑わされてばかりの自分にはずいぶん遠い話だと、マルコはそう自嘲した。


「マル……、コ……?」


寝ているとばかり思っていた相手に呼ばれて、マルコは軽く目を見開いた。
ぼんやりとした視線はまだ焦点を結んでいない。
きっとすぐにでもまた眠ってしまうのだろうけれど、寝起きのせいだろうか、昨夜泣かせたせいだろうか、掠れた声になんとなくバツの悪さを感じる。

「水は――……」

いるか、と訊ねる、ほんの一瞬。



「捕まえててよ、――――……もっと」



ささやくような、艶を含んだ声。
まるで射抜くように細められた視線と、ゆるりと弧を描いた唇を這った、赤く熟れた舌の、意味。
マルコが理解するよりもはやく、エースは再びの眠りに就いてしまった。

すやすやと健やかな寝息を立てるその唇が、先ほどまでは幼いと思っていたはずのその寝顔が、
妙にそそる色気を漂わせるように見えるのは一体どういった訳だろう。
もしかしなくとも、性質の悪い男に捕まったのは自分の方ではないだろうか。
何ひとつ知らない仔猫の皮を被っておいて、中身はとんだ曲者だ。
まったく、末恐ろしいことである。


「――――……マイッた……」


一人残されたマルコは、エースのためにと水に伸ばしかけた手で、
自分の額をおさえることしか出来なかった。


fin.


title:LADY GAGA Want your bad romance! マルコ何歳なんだろう。 << Back