「なんだってわざわざ、あんな面倒なの選んだんだかね」

ぽつり、聞こえた台詞。
頬杖をついてガムを噛みながら、それもずいぶん幸せそうに笑いながら言う台詞ではないだろう。
思いながら、ペンギンは目深に被った帽子で隠れた瞳を和らげた。
キャスケットと並んでデッキから見下ろす先、浅瀬で戯れているのは派手な赤い男と不健康そうな細身の男。
後者は他でもない、我らが船長だ。
戯れているというには少々殺気立っているようであるし、互いに刀を抜いてさえいるが、彼らにとってはあくまで戯れであるのを誰もが知っていた。
ローの身に寄る危険を誰よりも早く察知するベポが、のんびりと昼寝を愉しんでいるのが良い証拠だ。

シャボンディ諸島に上陸して、そろそろ一週間を過ぎるだろうか。
以前からその名前だけはよく聞いていたが、赤い悪魔を目にしたのはこの島に上陸したその日が初めてだった。
喧嘩が愉しめるなら厄介事でも面倒事でもお構いなしだという噂はどうやら本当で、キッドは酒場で出くわすなり吹っかけてきてくれた。
それもローの歩む先に店の椅子を蹴倒すような安いやり方で。
ローの真後ろを歩いていたペンギンには温度が二度は下がったのが確かに感じられたのだが、ローはその場で喧嘩を買うことはしなかった。
代わりに、ソファにふんぞり返って女を侍らせていたキッドの膝にどかりと腰かけてみせたのだ。
さながら自ら横抱きになるかたちだった。
面くらったのはキッドもペンギンも他のクルー達も同じことで、ただ一人ローだけが愉し気に唇を歪めていた。

以来、それが悔しかったのかどうか知らないが、ことあるごとにキッドはローに構い倒していた。
気が合うのか合わないのか、どちらが先客であっても向かう先々で出くわすのだから、何かしら繋がるものがあるのだろう。
信念も価値観も、似通うものがないようでいて時折恐ろしく似た考えを持っている。
奇縁か腐れ縁か、判断はまだつかないが。
互いに言って言い負かせてを愉しんでいる節があるし、剣を交えることがあっても翌日にはまた背中合わせで酒を呑んでいたりするのだから、本当に分からない。
果てには安宿に二人で入っていくのを見ただとか、ローが明け方にキッドの船から出てくるのを見ただとか、その逆だとか、それぞれのクルーの間で情報が交わされるのだから頭の痛いところだ。
分別のついた大人の火遊びを咎めようとは思わないが、痴話喧嘩に巻き込まれるのは正直勘弁願いたい。
こうして傍で見ている分には構わないのだが、キッドの能力もローの能力も、発動すればその場にいる者すべてに何かしら影響が出てしまうのだ。
でかい手の一部としてひっつくのは嫌だし、そこらの酒樽と胴をひっつけられるのも嫌だった。

眼下、風に乗って届いた声はいちごがどうのと言っていた気がする。
いちご、はローの好物だ。
誰だったか忘れたが、市場に美味そうなのがあったからとローに差し入れていたのを覚えている。
昨夜は赤い男の方がローの船に出向いていた。
(漏れ聞こえた声と物音はもちろん聞かなかったことになっている)
とすれば、ローが朝の楽しみに取っておいたそれを男に食われたか床に落とされたか、何にしろローの口に入ることがなかったということだろう。
いい大人、の喧嘩の理由がいちごひとつ。
導き出した答えに、ペンギンは諦め半分の溜息をついた。

「あーあ、幸せ逃げちゃうよ」
「うるさい」

キャスケットの茶々にむすりと応えるうちに、揺らめいていた殺気が消える。
どうやら終戦したようだ。
重なるふたつの影を見る前に、二人揃って踵を返す。

(まったく、勝手にやってくれ!)

fin.


キドロのお題なのにキドロに台詞がないという。 すごいくだらないことで喧嘩してくれると愛しい。 保護者陣営がほのぼのと見学しつつ茶飲み友達になってても愛しい。 << Back