赤い爪を見たのはいつぶりだったろうか。
ここ三、四年、会うこともなかった女をベッドへ誘ったことに意味はなかった。
たまたま上陸した先で出くわしたから。
懐かしさも何もなかったが、強いて理由をあげるとすればそんなものだろうか。

気だるく煙草を燻らせながら、シャワーの音に耳を傾ける。
散々ねだった女は満足したのか、唇にひとつキスを落としてバスルームへ消えて行った。
その後ろ姿を見送って、甘ったるい香水の匂いを掻き消すために、これまた二、三年ぶりに煙草に手を伸ばしたのだ。
舌に滲む苦味は懐かしいはずなのに馴れなくて少し戸惑う。
こんな味をしていただろうか。
あの男が吸う煙草はハッパが混じっていたから、少し甘かった気がする。
それから女とは違う口紅の味も混ざっていた。
肺まで充たした煙をゆっくりと吐き出しながら、無意識に眉根を寄せる。
結局もう一吸いしただけで灰皿に押し付ける嵌めになった。
ついでに残りを箱ごと捻ってダストボックスに投げ込んでしまう。
甘さは洗い流せば良いことなのだ。
わざわざ塗り替える必要はなかったことに今更気がついた。

女を抱いたことすら久しぶりだった。
あの気分屋が何も告げずに船を出すまでは、抱かれる立場にあったのだから。
男が与えたのは苦痛と、それから深い悦楽だった。
身体の中を押し拓かれる感覚には最後まで慣れなかったが、迎え入れてさえしまえばあとは貪欲に貪った。
馬鹿みたいに腰を振って、ゴツゴツと骨が当たるのも、肉と肉のぶつかる生々しい音も、ただ劣情を煽るだけだった。
何度言ってもあれは中に吐き出すのをやめなかったし、自分も結局はその感覚を望んでいた。
事の後で太い指にその欲を掻き出されては、毎度上げたくもない声を上げて再び貪られる嵌めになっていたが。

思い出すのはいけない。腰が疼く。
下腹に重く熱が集まってくるのを感じて、ローは深く息を吐く。
ちょうど女が姿を見せた。
けれどもう、抱く気にならない。きっと二度とだ。
金髪。巻き毛。
しっとりと濡れた白い肌は、ただ嫌悪感をもたらした。

ふと女の鮮やかな赤い爪を見て思う。
やっぱり暗い赤がいいなァ。


「なァ、おまえ、名前なんだっけ」


呼びたい名前はひとつだけなのだ。


fin.



title:不在証明 キッドもローもろくでなしブルース。 << Back