※高校3年キッド×大学3年ロー、くらいでパロ注意。




「背中。暑ィ、馬鹿」

蝉時雨、ってこういうのを言うのか。
もう少し情緒の漂うものだと思っていたのに、ミンミンミンミン、おちおち昼寝も出来やしない。
せっかく着せてもらった浴衣はもう崩れて、脚は丸出し、帯も半分ほどけて胸元は派手に開いている。
残念ながら艶だとかなんだとかそういうものとは程遠く、ただ暑さにまかせて乱しただけだ。

麦茶。冷えた西瓜。うちわ。
夏の風物詩は嫌というほど揃っているのに、まったく涼む気配はない。
それもそのはず、午後三時。太陽は元気に地上を見下ろしている。
恨めしく睨めつける、自分が少し滑稽だ。


<今日は離れてやらない>


高台に建てられた日本家屋。
なかなかに鄙びた、けれどその界隈では有名な隠れ宿。
今夜打ち上がる花火を見るには絶好の場所である。
商店街の福引が、なんて、恐らくキッドにしては考えたのだろう古臭い理由をちらつかされて、長い長い夏休みの始まりを二人で過ごすことに決めたのだ。
(まったくその場で噴きださなかったのは奇跡だった)
つい先日ようやく車の免許を取得したキッドは、どうやら遠出がしたくて仕方なかったらしい。
もしかしたら、受験勉強から逃れたかっただけかもしれないが。
暇があれば入り浸るローのアパートで、浮かれた様子で鞄に荷物を詰めるキッドの姿は、ローの目にもやけに可愛く映ったものだ。
いつもは寝汚いキッドがその日はやけに早起きで、ローが起きる頃にはすっかり準備が整っていた。
顔洗ってこいよ、と笑った顔は高校生そのもので、なんとなく悪いことでもしている気分になったローだった。


高速を降り、一般道を行った後はひたすら山道を登って来た。
ローが道路図を確認するよりも早くキッドが勝手に路地を曲がってしまうので、途中何度か喧嘩した。
この年下の恋人とは、付き合ってもうすぐ一年になる。
その場限りの付き合いばかり繰り返していたローにとっては小競り合い程度のそれもやたら新鮮な気がして、旅行のために放り出した論文のことは頭から追い出した。
つい最近助教授に昇格したドレークは期日にうるさいのだが、今のローの知ったことではない。

都心から離れておよそ四時間。
途中休憩を挟んだものの、運転を代わろうかと言うローにキッドは頑として聞かなかった。
そうして走り続けてさすがに疲れたのか、キッドは部屋着に着替えるなりローを抱え込む格好で爆睡に至った。
慣れない早起きに、無茶な運転をするからだ。
図体ばかり立派に育っているが、腹が減ったら食う、眠くなったら眠るその姿勢は子供と変わりない。


「……ガキ」


ぼそり、皮肉を蝉の声の合間に乗せる。
少しだけ唇が尖っているのは、決して拗ねているからではないのだ。
(せっかく非日常の世界で二人きりなのにだとか、構ってくれる相手がいなくてつまらないだとか、そんなわけでは、決して)

「なんだってこんなのに惚れたんだかなァ、おれも」

ぴくり。
溜息とともに吐き出した言葉に、背後の身体がにわかに強張った気がする。
ローの眉間に皺が寄った。


「なァ……おい、起きてんだろユースタス屋」


確信に近い問い。
肩口に擦りつけられる額。
腰に回されたキッドの腕に、きゅう、とわずかに力が篭もる。


……好きだ。


ミンミンミンミン。
相変わらず蝉はうるさいのに、確かに届いた低い声。
背中越しの体温はやけに熱い。
ついでに頬が熱いのは、きっと照りつける陽射しのせいだ。


fin.


09.05.16〜09.07.20WEB拍手掲載 title:恋したくなるお題 ローさんはきっと不意打ちに弱い。 << Back