「水も滴るなんとやら、だなァ、ユースタス屋」 船を離れて遠出をしたのが悪かった。 厭な天気だと思ってはいたが適当な店も見つけられないまま雨が降り出し、頭から濡れること早一時間。 逆立てたはずの髪がいまは目の前を塞いで鬱陶しく、雨は強さを増す一方。 凌げるなら待ち合わせだとでも偽って連れ込み宿へ入るべきかと緊急避難さえ考え始めたころ、聞こえた声はのんびりとして腹の底を逆撫でしてくれた。 「なにしてんだてめェ。トラファルガー」 「暇だから、今夜の相手でも物色しようかと」 「趣味が悪ィな。ここがどこだか知ってんのか」 「お仲間さんが相手漁りに来るところだろ?おれがいても不思議じゃないよユースタス屋」 「じゃあ付き合え」 「おまえが相手なら願ってもないな」 軽い野郎だ。 視線に浮かぶ色ひとつ変えずにキッドは思う。 まさか本気で行きずりの相手を探していたというわけではないだろう。 火遊びなら自分のところのクルーにさえその相手を作っていそうな男だ。 どこで情報を得ているのか知らないが、キッドのクルーよりもよほどキッドの動向を知っている男は、十中八九ここでキッドを待ち構えていたのだろう。 でなければあのタイミングで声をかけてくるはずはない。 雨宿りをしていた古臭いバーの軒先からひょいと一足踏み出して、ローはキッドに並ぶ。 濡れるのは嫌いじゃないらしい。 宿はすぐそこだと親指で示すローにキッドは頷いた。 これで何度目になるだろうか。 上陸して以来、ローとは顔を合わせるたび淫蕩に耽った。 敵船の、それも船長同士が刃も交えずセックスばかりしているというのも締まらない話だ。 ローの方ではベポ、キッドの方ではキラーだけが二人の結ぶ関係を知っている。 お互いがお互いに悪い遊びはやめろと再三言われているのだが、当然聞く耳はない。 身体が合いすぎるとでも言えばいいのか、ローとのセックスはどうも癖になる。 いままで何人の女を抱いてきたか覚えてはいないが、一人の相手に傾倒することのなかったキッドが誰かに執着するのは初めてのことだった。 (その相手が男だってのが、どうもな) 鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌の良いローを横目に映し、キッドは腹まで息を吸い込んだ。 よく鳴く男だ。 普段は口を開けば憎らしい言葉しか吐かないくせに、組み敷いて官能を与えた途端にかすれた甘い声で誘い出す。 噛み殺す吐息まで劣情を煽るのだから、初めから男に抱かれるためだけに生まれてきたのではないかとさえ思う。 線は細いが必要な筋肉は付いているし、決して女と見間違えるような相手ではないのだが。 「なに考えてる?ユースタス屋」 そんな思考回路を見透かしたように、視線さえ寄越さないローの唇が弧を描いた。 ふと思考を中断されて、キッドは瞬間返す言葉を失う。 「興奮したときのおまえの癖だ。息吸って、唇舐める」 それ見るとおれも興奮する。だからいまおまえの顔が見れない。 分かるか、と問いながら薄い唇を赤い舌で湿らせるローに、おまえこそ自分の癖を知らないのかと詰ってやりたくなるキッドだ。 「てめェの、」 「ん?」 「鎖骨に噛みついて舐めしゃぶりてェ」 「はは。そのままそっくり返してやるよ」 部屋に入ったらすぐにでも。 そう言って嗤ったローの唇を掠め取る。 満足そうな笑みが気に入らなかった。 fin.
結局のところ似たもの同士。 お互い好きで好きで仕方ないんですと全身で訴えまくって周りが困っているといい。 title:黒夢 << Back