「キャプテーン!敵!赤いヤツ!」 ぽかぽかとした陽気が気持ちいい昼過ぎ。 うとうとと船を漕ぎ出す野郎共が目立ち始める時分。 そこへ見張り台から響いたベポの声は慌てるでもなく、聞こえていただろう他のクルーも誰一人として甲板に出さえしなかった。 ローもまたその例外ではなく、毎日飽きないものだと思いつつその訪問を受け入れていた。 ゴツゴツと重いブーツの音を響かせながら、ベポ曰く「赤いヤツ」はローのいる船長室へと無遠慮に近づいてくる。 ここ数日続く訪問のせいでクルー達もすっかり慣れきっているようだが、一応は敵船の船長だ。 勝手知ったるなんとやら、船長室まで迷わず向ってこれるあたり、己のクルーも相手も少し気を抜きすぎている。 いまのうちから能力発動しといたら、ちょっと面白ェことになるかなァ。 ぼんやり考えながら、ローは目の前のぼやけた物体と格闘する。 靴音はもうすぐそこだ。 「なに、泣いてんだ、てめェ」 いつもどおり、派手な音を立てて船長室のドアを開けたキッドは、室内のいつもと異なる光景にわずかばかり動揺していた。 目の下にいつも隈を飼っている男が、欠伸はしても涙は流さないだろう男が、その頬には確かな涙の痕を残してキッドを見返している。 一人になると泣き出すような奴だったろうか。 だいたいあの白熊は何してやがんだ。いつもはこいつにべったりのくせに、こんなときに傍にいやがらないとはどういう 「よぅユースタス屋。毎日飽きねェな」 キッドの思考を遮って届いたローの声は、泣いていたにしてははっきりとした発音だ。 「トラファルガー……?」 「ああ、これか?泣いてんじゃねェ。目薬入れらんねェんだ」 ひらひらと小さな容器を振りつつ、ローは眼を瞬いた。 不健康な細い指先に挟まれたそれを見て、キッドが長々と溜息を吐く。 心配して損した、などと言おうものなら、気の済むまでからかわれるのがオチだ。 からかわれるよりも先、からかう方がキッドの性には合っている。 合っている、が、ローが相手だとどうも他人をからかうようには上手くいかないのに、キッドは懲りもせずにトライした。 「てめェはほんとにそれでも医者名乗ってんのか」 「外科医がみんな点眼上手いとは限らないぞユースタス屋」 「注射は?」 「どこにさすのも得意だ」 「てめェが言うとどうも卑猥に聞こえるな」 「はは、ユースタス屋のドスケベ野郎」 「喧嘩売ってんのかてめェ……!」 結果、いったい何度思い知らされれば気が済むのだとキラーあたりがいれば諭してくれただろう、情けないオチを迎えた。 ぎろりと剣を呑んだキッドの視線にも、ローは頓着せずに緩く笑う。 その顔に苛つくどころか毒気を抜かれるのだから、キッド自身相当参っていると溜息を吐いた。 「ったく……貸せ、トラファルガー」 「あァ?」 「目薬。さしてやるから」 「……優し。」 「黙れ」 にやにやと得意の馬鹿にした笑みに変わったところで、キッドはローの手から目薬を奪い取った。 上を向くように指示して、顔を近づける。 大人しく従ったローがきょろと瞳を動かして、緑がかった薄茶の眼がキッドの深紅を捉えた。 まだ目薬をさしてもいないのに、潤んだように見えるのは欲目だろうか。 「……こっち見んな。入れずれェ」 「欲情しそう?」 「馬鹿言え」 とっとと協力しろ、と本音を噛み殺すように口にして、笑みを浮かべたままのローの唇から視線を逸らした。 一滴、二滴とローの両の眼にさすと、その眼に映り込んだ赤が滲む。 ローの薄茶と混じったそれはなんだか不思議な色をしていた。 「あー……なんか、燃えてる、みてェ」 「なんだよ、痛かったか?」 「違くて。ユースタス屋の髪、が」 「はァ?」 逆立った赤い髪がぼやけて、ゆらゆら。 まるで悪い火遊びのようで。 ちょっと興奮する。 呟いたら、この変態、と罵られた。 「そりゃあおまえの方だろうユースタス屋」 「黙れ目薬突っ込むぞ」 「何処に?」 「……おまえ、もう、ほんとに黙れ。」 fin.
変態ばかっぽー。 title:L'Arc-en-Ciel << Back