行儀が悪い誘い方だと思ったはずが、指先一本で思うさま操られているから気に入らない。
挑発にのったのは己だったか、相手だったか。
すでにそんなことはどうでもよく、とりあえずは目の前の薄い唇を赤く染めてやるのに忙しかった。

「ッはァ……ユースタス屋、おまえ、口紅やめろ。キスが不味い」
「酒臭ェてめェには言われたくねェよ……ほら、まだだ」
「ん……ッ」

キッドの唇に塗られた赤がローに移って、唾液と混じったそれは散々に乱れてぐちゃぐちゃだ。
絡ませた舌の上には、酒と煙草と口紅と。
最悪な味だと思うのに、貪らずにいられないのはどういうわけだろうか。
客のいないバーで出くわして、この男にとっては挨拶のようなものなのだろう、中指を立てるサイン。
残念ながらいまはローを殺す気分でなかったキッドが、他にすることもないならと色を含んだ言葉でローを連れ出した先は、よりにもよって屋外だった。
馬鹿にでかいマングローブの下、お天道様に背を向けて唇を貪り合う男二人(それも億超えのルーキーだ)は、傍から見て気持ちが良いものではないだろう。
つい先ほどまでいた見物人もとい賞金稼ぎは、そこらに落ちていた金属片をサボテンよろしく脳天に突き刺して息絶えているはずだ。
変な噂を立てられてはたまらない、とキッドがでたらめに能力を発動した結果だった。
死体のひとつやふたつ転がって死臭が鼻に届こうが、今さら止まれやしないことは二人ともが確信していた。
死臭は常にそばにあるもので、より強く染みついているのは己であって相手であることをよくよく理解していたからだ。

キッドの手がローのパーカーの下に滑り込み、浮いた肋を指の先でなぞりだす。
そのまま胸の中心へと指先を移せば、どくりどくりと確かに脈打つローの鼓動があった。
濃い死臭を漂わせるわりには、目の前の男が揺るぎない生を持っていることがなぜだかおかしい。
悪戯に黒く染めた爪を立てると、唇を離したローが低く呻いた。
離れた唇を惜しんでキッドが顔を近づけるのを、今度はローが鼻先を噛むことでやめさせる。

「痛ェよ、トラファルガー」
「痛ェのはこっちだ馬鹿野郎。おれの玉の肌に傷をつけるんじゃねェ」
「んなタトゥー入れまくってどこが玉の肌だ、この馬鹿」
「うるせェばーか」

まるで子供のやりとりだ。
くつくつと笑みを形作りながら、耳のあたりへ唇を寄せるローの首筋をべろりと嘗めた。
まるでそれを合図にしたように、キッドの膝の上に陣取ったまま、ローの腕がキッドの首に回る。
無言の催促を喉の奥で嗤って、キッドは指先を胸の頂きへ進めた。
小さく尖ったそれを転がすと身を捩るローがやけに淫猥に見えて、無意識に唇を舌で湿らせた。
どうやらそれを視界に捉えたらしいローが気だるく嗤う。

「興奮してんじゃねェよ……ユースタス屋ァ」

そう言って腰を擦りつけてくる、ローの中心もすでに熱かった。
キッドはといえばすっかりパンツを押し上げて痛いくらいなのだから、人を嗤える立場にはなかったが。
まったくどうして、こんな病的な男が色っぽく見えて仕方ないのだろうか。
どこかで目に悪い病でも貰って来たかと真剣に考えたくなるほど、ローには妙な艶がある。
女の柔らかい身体とは違う、自分と同じ男の硬い身体のはずだが、触れる指先にはやけに馴染むのだ。

「なぁ……何人に抱かれた?」

これだけ誘い方が上手いのだ。
男相手の経験もかなりになるのだろうローに、無粋だとか野暮だとかいう言葉は頭の隅に追いやって訊ねる。
にぃ、と上がる口角とともにその目にはからかうような色が浮かんで、当ててみな、と音にならない言葉をその唇が確かに刻む。

「……クソ野郎」

容赦しねェ。

キッドが舌うちと同時に顰めた眉をどう受け取ったのだろうか、ローは実に満足そうに笑って続きをねだった。

fin.


すんどめ! title:泣き給えよ << Back