2012.05.25  01.髪(思慕)




さらり。
夢うつつの青峰の視界を過ったのは、絹糸のような細い水色だった。
男の髪だというのに、触れるとやけに柔らかいのを知っている。
なんだってこんな近くに、とぼんやり考えてみて、寝ぼけていた意識がようやく結ばれていく。
試験前の部活動停止期間。
バスケ馬鹿の青峰にとってはただただ暇を持て余すばかりのそれがどうにも気に入らなくて、二日目にして早くも黒子をストリートのコートに誘ったのだった。
青峰と同じバスケ馬鹿でも、青峰と違ってバスケ以外にも趣味を持つ彼は、案外勉学にも積極的だ。
その割に成績はずいぶんと偏っているのだが、本人曰く「何事も普通が一番」らしい。(普通とは言い難い、と青峰が思っていることは秘密である。)
そんな彼だからこそ誘っても断られるかと思ったのだが、やはりそこはバスケ馬鹿、身体を動かさないのはムズムズとして落ち着かなかったようだ。
青峰の誘いに、彼は一も二もなく頷いた。

二時間ほど練習したころだったろうか。
先に音を上げたのはやはり黒子の方で、甲斐甲斐しく飲み物を買いに走ったのは青峰だ。
べったりと地面に伏せた彼の身体を起こし、日陰を選んでフェンスにもたれ、彼を腕の中に抱き込んで―――他愛もないことをぽつぽつと話していたはずが、いつのまにか眠ってしまったらしい。
身体を動かさないせいで体力を持て余し、昨夜はずいぶんと夜更かしをしたから、恐らく眠ったのは青峰が先だろう。
黒子の方はそれにつられて、といったところか。

辺りはすっかり夕暮れ時だ。
オレンジ色に焼けた空は美しいが、隣接した公園から聞こえていたはずの子どもたちのはしゃぐ声は、もうそこにない。
コートの端に立っている大きな時計は、そろそろ6時を指そうとしていた。
腹も減ってきたことだし、黒子を起こして彼の気に入りのファストフード店まで足を伸ばそうか。

「テーツ。起きろ」
「ん、ぅ……」

自分にもたれたまま、すやすやと眠る黒子に声をかける。
まるで子どもがむずがるような声で小さな反応はあったものの、起きる気配はまるでない。
そういえばつい先日、続編を心待ちにしていた小説が出たと喜んでいたから、夜更かしをしていたのは青峰だけではないのかもしれない。

「テツ、なあ、腹減ったって」

ぐりぐりと黒子の肩に額を擦り付けながら名前を呼んだ。
せっかく気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは気が引けたし、なにより自分の腕の中で無防備に眠っている姿は可愛らしくて仕方ないのだが、風も出てきたことだし、このまま陽が落ちては黒子が風邪をひきかねない。
ここは心を鬼にして揺さぶるべきかと決心をしつつも、あと一度、と名前を呼ぼうとしたときだ。

「テ…」
「…みね、く…」

むにゃ、と寝言のように呟かれたのは、紛れもなく。

「……馬鹿テツ。おれはこっちだっつーの」

彼が呼んだのが自分であったことになんだか胸の奥をくすぐられたような気がして、けれど自分の口から出た声は拗ねた色を含んでいる。
その理由を正しく悟って、青峰はわずかに頬を赤らめ、自嘲に口もとを歪めた。
彼の夢の中にいる自分にまで嫉妬するとは、まったく嘆かわしい。

「…あとちょっとだけだからな」

囁いたのは、黒子にか、それとも自分にか。
安らかな寝息を立てる黒子をもう一度腕の中に閉じ込めて、さらさらと流れる水色に、青峰は小さくキスをした。




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