2013.05.13  容疑者Aの供述




その日の青峰大輝は機嫌が良かった。
それはもう、主将である若松が明日は槍が降るのか剣が降るのかと恐れおののいて顔色を変えるほどに。



高校一年、ウィンターカップでの敗戦を経て桐皇学園バスケットボール部が新体制に変わってから、半年と少々。
初めはおぼつかなかった若松も今では頼れる主将である。
青峰の手綱は相変わらず握れていないが。
暴君と称された荒々しい攻撃力こそ健在だが、そのスタイルには大きな変化があった。
第一に、青峰が練習に出ていることが大きい。
遅刻早退こそたまにするものの連絡なしに休むことも、試合をすっぽかすこともなくなった。
その恩恵あってか、あれほど個人技が核を為していた桐皇のバスケが、攻撃の要である青峰を中心として全体が上手く機能するよう、チームワークを重視するようになったのだ。
この春迎えた新入生の中には帝光中で青峰の後輩であった者も含まれている。
彼がきらきらとバスケをしていた頃を知っているのだろう彼らは、初めこそ変わり果てた青峰の姿に愕然としていたのだが、彼の中に根付くものは形を変えていないのだと気が付いてほっと安堵する様子。
それでも中学の頃ほどは積極的に青峰が指導してくれることもなく彼らはひっそりと残念がっていたのだが、今日の青峰は後輩への指導もすすんでこなしていた。
口調の荒っぽささえあるがパスを出し、自ら手本まで見せてそのシュート技術を惜しげもなく披露する。
土曜ということもあって体育館は解放されていて、たまたま見学に来ていた一年の女子達は黄色い声を上げていた。
それに溜息を吐いて「あんなゴリラのどこがいいんだか」とのたまったのが彼の幼馴染である桃井で、彼女の毒舌ぶりに、がぁんと音がしそうなほど真っ青な顔でショックを受けたのが新人マネージャーである。
どうやら桃井と青峰の関係に憧れを抱いていたようだ。
事あるごとに否定してきた二人の恋人関係も、新しく入った一年生にはまだまだ「絶対付き合ってるよね、あの先輩二人」と噂されているらしい。
世界でただ二人きりになっても互いとそういう関係になることは絶対にない、と彼らが豪語していることが浸透するまで、もうしばしの時間がかかりそうだ。



「集合!」

ピッと笛を鳴らして号令をかけた若松のもと、ちょうど部員がすべて集まる頃にがやがやと異なるざわめきが聞こえ始める。
来たか、と青峰は獰猛に口角を上げ、一年生部員はごくりと息を飲む。

「チィーッス、世話になりまーす!」

やがて姿を見せた誠凜高校バスケットボール部の面々に、その場はわっと沸き立った。


◇ ◇ ◇


未曾有の暴風雨か、はたまた再びの氷河期か。
体育館の一角に暗雲立ち込める空気が渦巻いていて、若松の胃がまたキリキリと痛みだす。

「おい…どうした、あれ」
「スイマセン、わかんないですスイマセンあんなに機嫌良かったのにほんとスイマセン」

二年に上がっても謝り癖の抜けない桜井に脱力しきって訊ねつつ、若松は暗雲の元凶にぎろりと視線を向けた。
つい二時間ほど前まで空を舞っていた青峰の機嫌が、今は地の底を這っている。その原因はただひとつしか思い当たらず、若松は深い溜息を吐いた。


インターハイの前に交流戦を。
そう持ちかけたのは桐皇学園側であった。
春の新人大会では接戦の末に辛くも誠凜に勝利した桐皇だったが、二、三年が加わっての試合はまったく違う。
実力伯仲のチーム同士が全力でぶつかり合えば、取られるデータ以上に得られる物も大きいだろう。
せこい計算は抜きにして、またおまえらと戦いたいのだと言われれば、誠凜側に断る理由はない。
期末試験には余裕を持ってと双方の監督が合意して、七月の第一週であるこの週末に交流試合が決定した。
誠凜側が桐皇に出向くことで話はまとまり、無事今日という日を迎えたのだったが。

「ったく、どうしようもねえなあいつは……」

火神と戦れる、黒子に会えると練習にも熱が入り、誰より楽しみに待っていた青峰だったが、試合の最中とその後の状況がどうにも気に食わなかったらしい。
桐皇にも誠凜にも帝光中の後輩が入部して、試合にも参加していたから、きっとどこか中学時代に帰ったような気がしていたのだろう。それでも黒子とは敵チーム、彼の出すパスが青峰に向かうことはなく、目の前で火神や後輩達が自分の手元に来ることを疑いもせず受け取っていく。
きっと黒子と道を別ったときからずっと燻ぶるものはあったのだろう、当たり前のように受け取っていたパスが他の誰かに向けられる、その事実に青峰の眉間にはどんどん皺が刻まれていった。
それは火神との一対一の激しさに顕著に表れて、一年前に険悪なままぶつかり合ったときよりもずっと苛烈さを増して見えた。
試合自体には満足がいったのだろう、思う存分身体を動かして、スクイズボトルを迷わず二つ手に取った青峰は、一方をぽいと黒子に向けて投げていた。
黒子も寄こされたそれを危なげなく受け取り、代わりに彼もまた二つ用意していたタオルの一枚を青峰に手渡す。
阿吽の呼吸、というよりは熟年夫婦のように見えたそれに目撃してしまった面々は口を噤む他なかったのだが、そこで一時は浮上したはずの青峰の機嫌が地に落ちるまで、大して時間はかからなかったように思う。
ちらり、若松はコートに視線を巡らせた。


体育館の壁にもたれて座り込み、ヤンキーも真っ青な眼光で青峰が睨む先では、黒子と桐皇の新入部員、かつての彼の後輩たちがわいわいと話を弾ませている。
黒子の方はいつもと変わらぬテンションで、けれど話しかける側は頬を紅潮させて興奮しているのが見てとれた。
誠凜で一緒に練習している帝光中の後輩たちはいい。
少なくとももう黒子は消えたりしないし、例え校内で見つけられなくても、部活の時間になれば必ず会える。
けれど桐皇にいる帝光中出身の一年生は違うのだ。
三軍にいて、一度はバスケを諦めろとまで言われても諦めることなく邁進し、一軍まで上り詰めた黒子は、後輩の面倒をみることにも熱心で。
そんな彼に、後輩たちの人望は厚かった。
もちろんくだらない嫉妬で嘲る者も少なくなかったが、黒子テツヤという人の本質に触れた後輩は、皆一様に彼に惹かれていったのだ。彼が退部届ひとつ残して姿を消したときの彼らの嘆きようは筆舌尽くし難い。
そんな黒子とまた試合が出来て、話す機会にも恵まれたのだから、少々青峰の機嫌が悪いくらいで滅多にないそのチャンスを彼らが逃すはずもない。
あれこれと黒子に話しかけては言葉を返してもらうのを、彼らは心底喜んでいた。
それが青峰は面白くない。
つまるところは嫉妬である。

「だーいーちゃん、眉間の皺。あと目つき」
「うっせえブス」
「はいはい、好きに言えば? テツ君取られて拗ねてるガキに言われても痛くも痒くもないですぅー」
「てんめえ……!」

空腹の獣のような空気を放つ不機嫌な青峰に近づける人間は限られている。少なくとも、今の桐皇には桃井くらいしかいなかった。
昨年までは青峰がどんな状態だろうと構わず近づける人間がいたのだが―――、

「なんや青峰、黒子クンおらんからそんななん?」
「だからうっせえ…、あ? 今吉サン?」

聞こえた懐かしい声に、青峰は思わず視線を上げる。
相変わらずの胡散臭さで、大学生になった今吉がそこにいた。

「おー、久しぶりやな」
「今吉先輩! 見に来てくださったんですね」
「は? なに、アンタ試合見てたの?」

桃井の歓迎にひらと手を振って挨拶をする今吉に問えば、大学生ってのは暇なんや、と軽い調子の返事がある。
どうやらギャラリーから試合を見学していたらしい。

「よう動くようになっとったな。上から見とると一目瞭然や。オレがいたときと比べたら天と地やな」
「はあ? オレはあんたがいたときのが面白かったけど」
「…なんや、ずいぶん素直になりよって」

気持ち悪いわ自分、と今吉が笑った。
その笑い方が前にもときどき目にすることのあった心底おかしそうなもので、傍目にはさっぱり腹の内が見えないようでいて案外表情はころころ変わる人だったなあ、と思い出す。

「まあええか。可愛い後輩のためにわしが一肌脱いだるわ」

ひとしきり肩を揺らした今吉がくるりと方向を変えて、向かう先は後輩に囲まれた黒子のところ。

妖怪サトリ、恐るべしだ。

「くーろーこークン!」
「はい……、え、今吉さん?」
「おー、覚えとってくれて嬉しいわ」

呼びかけに素直に振り向いた黒子の瞳がわずかに驚きに見開かれて、その表情がやけに幼げで笑う。
あのウィンターカップを境に変わったのは青峰ばかりではないらしい。
青峰と対峙するときにはいつもどこか必死で張り詰めていたように見えた黒子が、今ではすっかり自然体だ。
そんなところにもあの俺様な後輩の涙ぐましい努力の跡が垣間見えて、今吉は再びくつりと笑いを噛み殺した。

「盛り上がっとるとこすまんなあ。なんや、うちのエース様がご機嫌ナナメみたいでな…」

ちょっと気ィつこうたってくれへんか。
最後の一言は、黒子ではなく帝光中の後輩たちに向けて。
少しばかり視線を冷たくしておいたから、彼らも多少なり空気を読んでくれることだろう。
そんな今吉の思惑に気づかないはずもない黒子が小さく溜息を吐く。

「…試合中からどうも機嫌が悪いとは思ってましたけど、ほんとにどうしようもないですねあの人…」

肩を竦め、仕方がないなと呆れた声で、けれどむすりと膨れた顔をしている青峰に向ける黒子の視線は優しい。
砂糖菓子を山盛り目の前に積まれたような気がして、今吉は暑くもないのにシャツの襟ぐりをぱたぱたと扇った。

「すみません、僕はちょっと用が出来たので。今吉さん、後を頼めますか」
「おー、ええでー、暇やし。後輩クンたちともお喋りしたいしのう」
「ありがとうございます。では、君たちも、また。あとは今吉さんとお話してください、彼も君たちの先輩ですよ」

ぺこり、今吉に向けて頭を下げて、後輩たちに声をかけると、黒子は青峰のもとへと向かっていった。
手の焼ける恋人を持つと苦労するなあ、今吉は思うが、なんとなく彼らを見ていると、がむしゃらに恋をするのも悪くはないなとむずむずした気持ちになるのだった。


◇ ◇ ◇


「まったく、何を拗ねてるんですか」
「……」
「青峰君。ちゃんとこっち見てください」
「………」
「……いい加減にしないと怒りますよ」

相変わらず床に座り込んだ青峰の前。
小さい子供にするときのように目線を合わせてしゃがんだ黒子が、ぽつりぽつりと青峰に声を掛けていた。
あからさまに「拗ねてます」と顔に書いて、青峰は唇をとがらせたまま黒子の視線を避けている。
いつもなら効果絶大なTシャツの裾を引っ張って呼んでみる仕草だって、今は反応するのを堪えているらしい。
せっかく桃井が気を遣って二人きりにしてくれたというのに、この男は。
青峰は変なところで頑固だ。
黒子も青峰に関しては独占欲が強い方だと思っているが、青峰は黒子のそれの上を行く。
彼の影であると心に決めながらも結果的には彼の元を離れた、そうして出来た青峰の傷はまだ完全には塞がっていないらしい。
黒子が青峰の他に目を向けることを、青峰は極端に嫌うのだ。独占欲というよりは、獣の縄張り主張に似ている気もする。
黒子のそばにいていいのは自分なのだと毛を逆立てて全力で威嚇しているような、重くて面倒臭い愛し方。
けれどそんな重くて面倒臭い青峰を、黒子は心の底から愛しいと思うのだからどうしようもない。

「………青峰君」
「い…ッて、テツ!」

ごき、と青峰の首の骨が鳴るほど強引に彼の顔を両手で包んでこちらに向けると、さすがの青峰も耐えかねたのか目尻に涙を浮かべて抗議の声が上がる。
ぎろりと睨みつけてくる視線は普通の人なら恐ろしくて声も出なくなるのだろうが、残念なことに黒子は慣れっこだ。
むしろその拗ねてます顔が可愛らしくて仕方ないとさえ思う。
その思考に自分のことながらおかしくなって、黒子はふ、と笑って青峰の頬を撫で、それからむにりと高く整った鼻を摘んだ。

「っ、む、へふ、」

ぷす、と青峰の鼻から空気の抜ける音がして、テツ、と呼んだはずの声はくぐもる。
その間抜けさに思わず小さく噴き出すと、また青峰の眉間に皺が寄った。

「すみません、今のはボクが悪かったです……、ほら、そんな顔したってダメですよ、ご機嫌直してください。……この後は、キミのお家に泊まりに行く約束でしょう?」

最後の台詞は、ささやくように色っぽく。
こてんと首を倒してみせるのは、精一杯のサービスだ。
知られると困る腹黒い黒子の思惑通り、青峰はかっと目を見開いてその仕草を凝視している。
さてこれでご機嫌が直ると良いのだが、と黒子が一息つこうとしたところで、突然視点が高くなった。

「へ?」

一体なにが、と混乱しかける頭の隅で、青峰の両腕が自分の脇の下にあることに気が付く。
そこにかかる体重と妙な浮遊感に、自分の足が地に付いていないのがわかった。

「え、ちょっと、青峰君!」

ぷらん、とまるで子供を高い高いするときみたいに黒子を抱き上げていた青峰が、そのまま高く抱えて歩き出す。
いったいどこへ、慌てて青峰の肩に手を置いて上半身を支えて抗議するけれど、黒子の下半身をがっちりとホールドして歩く青峰の速度は緩まない。
しまった、どうやらやり過ぎた。
気付いたところで時すでに遅く、せめて誰か止めてくれないだろうか、桃井は戻ってきていないのかと遠ざかるコートに視線を向けると、呆然とこちらを見遣る後輩たちの姿。
彼らにとっても、こうして青峰に運ばれる黒子の姿は既視感たっぷりに違いない。
頭を過るは、ハードな練習に疲れ果てて一歩も歩けなくなった黒子を軽々と抱えて部室まで運んでくれたピュアな時代の青峰の姿だ。
残念なことに、今の黒子を抱えているのはピュアな面影などどこにもない、がっつり肉食系の青峰であるが。
己の運命を悟って無表情の中にも哀愁を漂わせる仔羊に、後輩たちに混じってこちらを見ていた今吉が「いってらっしゃい」と手を振った。


◇ ◇ ◇


案の定、とでも言うべきか。
体育館から離れること五分。連れて来られたのは理科室やら生物室やら、特別教室が立ち並ぶ桐皇の実験棟。
部活は行われていないのかやけに静かで、人影もない。
その一番奥にある、教師も生徒も滅多に使わない、おかげでと言えば良いのか使用感の全くない清潔なトイレの個室に黒子は押し込められていた。

「……なんのつもりですかアホ峰君」
「ん〜?」

蓋を閉じた便座に座り、黒子を膝の上に乗せた青峰は、先ほどまでの暗雲はどこへ吹っ飛んだのやら花でも飛ばしかねない上機嫌ぶりだ。黒子の胸もとに顔をうずめて腰を抱き、ぐりぐりと頭を擦りつけて甘えている。
対する黒子はと言えば、マーキングか、それはマーキングなのかと突っ込みたいのを必死で堪えていた。

「こんな所に連れてきて。まだ部活は終わってませんよ」
「オレにとってはもー終わったの」

朝から練習に参加した、後輩にもシュートやドリブルを教えてやった、誠凛との試合にも勝った。
本当はクールダウンのための軽いランニングやら柔軟メニューやらが残っていたのだが、青峰の頭からは綺麗に削除されたらしい。

「ちょ…っと、どこ触ってるんですか」
「テツの尻?」
「当然のように言わないでくださ…っ、も、」
「ほんと小っせえ。こんなんでよくオレの咥え込めー――…悪かったテツ、もう言わねぇから息子にイグナイトは勘弁してください」

青峰の手にすっぽり収まるサイズの黒子の尻を揉んで撫でて堪能していたというのに、大事な息子を再起不能にされては元も子もない。
今晩可愛がってやることも出来なくなってしまうではないか。

「…あんまり、恥ずかしいこと言わないでください」
「ん」

青峰の耳を引っ張って可愛いお仕置きをする黒子に頷いて、ついでにちゅっと唇を奪う。
「ごめん」のそれは素直に受け取ってくれるのか、嫌がらずに応えてくれた。
そのまま首筋にも小さく唇を落として、黒子の匂いを確かめる。
くすぐったそうに身を捩るのを、ぐいと腰を抱き直して引き寄せた。

「…シャワー浴びてないので、汗臭いですよ」
「知ってる。…興奮すっから平気」
「……全然平気じゃないです、ばか」

罵る言葉のはずなのに、どこか甘い響きだと感じてしまうのはたぶん、青峰の気のせいなんかじゃない。

「テツ」
「ん…っ」

ぺろり、薄っすらと桜色を灯した耳朶を舌でなぞると、ぴくんと黒子の肩が跳ねた。
それに気を良くして、青峰は黒子の着ているTシャツの裾からそろりと手を忍ばせる。
ゆるゆると脇腹を撫でると、すっかり開発された黒子の身体は気持ちよさそうに背を反らした。

「……テーツ、」
「…泊まりに、行くって言ってるのに」
「むり。スイッチ入っちまったもん」

だからちょっとだけ、味見させて。
黒子と視線を合わせながら黒子の大好きな声でささやくと、きゅっと唇を噛んだ黒子が、そろそろと視線を外してやっぱり青峰の耳を引っ張る。

「……バニラシェイク、Lサイズの刑です」

やがて聞こえた可愛らしいお許しに、青峰はぷはっと噴き出して、今度こそ深く口づけるのだった。


◇ ◇ ◇


「ん、ん……、ふ、」

練習中に身に着けるものの、なんと心もとないものか。
いつもはぴしりと隙なく制服を身にまとう彼も、部活中ばかりは動きやすさと通気性を重視するらしい。
大きめのTシャツの裾から手を忍ばせるのは実に容易なことで、青峰は黒子の薄い腹に手のひらを這わせた。
汗ばんでしっとりと吸いつくような感触が心地いい。
陽に焼けない体質のせいなのか、黒子の肌はときどき桃井が嫉妬するほど触り心地が良いのだ。
中学の頃、何度か腕を撫でられては桃井の好きにされている彼が苦笑していたのを覚えている。
それを見る度自分は嫉妬して、スキンシップだと嘯いて存分に抱きしめたり太腿の際どいところに指を這わせては容赦ない掌底を食らわされていたのだが。
相変わらずの触り心地だな、と青峰は頭の隅で思いながら、黒子の小さな舌を吸った。

「ッん…、ぅ、」

ピクン、と跳ねる肩に頬が緩む。舌の先が感じやすいのも変わっていない。
中学の頃を思い浮かべてしまったからだろうか、なんだかひとつひとつ確かめたくなって、青峰はするりと腰骨をなぞった。
また少し、黒子の舌が震える。
くすぐったがってばかりだった脇腹も、噛みつきたくなるような浮いた腰骨も、小さく窪んだ形の良い臍も。
今ではすっかり、黒子の性感を煽るポイントだ。青峰がそうした。
ゆっくりと、決して急かさずに黒子の肌をなぞって、キスの間に「好きだ」と囁く。
黒子は昔から、青峰の声にだって弱い。

「っ…、だから、それ…っ」
「ん…?」

なぁんだよ、と朱の散った目もとを覗き込む、その表情は確信犯。
愉しげな色の青峰の瞳を正面から捕らえて、黒子は「ずるいです」と視線を逸らした。
それを追うようにちゅ、と啄ばむだけのキスを贈られて、頬がかっかと熱くなる。
生まれも育ちも日本のくせに、どこでこんなにアメリカナイズされたのだか。
青峰の嗜好について、自分が知る限りは洋モノよりも日本人を好んでいたはずだがとちらり思う。
青峰の部屋の、触れてはいけない一角には、タイトルすら書かれていない怪しげなDVDがどっさりだ。
あんなにピュアだった彼はどこへ行ってしまったんだろうと少しばかり淋しく思いながら、黒子は目の前の肉食獣に甘えることにした。
こてんと青峰の肩に頭を預けると、すり、と青峰が頬ずってくる。
そのまま、くん、と匂いを確かめられて、汗臭いって言ったのに、と内心苦笑した。
それでも自分が青峰の匂いを好きなように、彼もまた自分の匂いを好いてくれているのだろう。
密着しているからこそ分かる脚の間に不穏な気配を感じ取って、黒子はかぷり、目の前の首筋に甘く噛みついた。

「…最後までは、しませんよ」
「わーかってるって。味見だっつったろ」

だからおまえも煽んじゃねえよ。
そう耳元で囁く青峰の声が興奮に掠れていて、まるで獣のようだと黒子は思った。



「あ、ぁ…っく、ん」
「テーツ、逃げんな」
「んや…っ、そこで、しゃべ、…ッあ!」
「ん…?」

カリ、とさんざんしゃぶられて敏感になった乳首に歯を立てられて、黒子の肩がビクリと跳ねる。
青峰の膝の上に乗せられたまま背を支えられ、手が塞がっているからおまえが捲れと命じられて、何が悲しくてか自ら肌を曝け出して青峰に胸を突き出す格好。

(おっぱい星人なのは、知ってますけど…ッ)

いまどき内科の診察でだって胸が見えるほど服を捲ったりしない、と幾らか見当違いな文句を頭に浮かべつつ、至極満足げな青峰をじろり睨んだ。
涙の膜の張った目で睨まれたところで男の劣情を煽るばかりなのだとは、黒子はいつまで経っても学習しない。
細くても鍛えられた腹筋の真ん中を通り、まっ平らな胸の頂きでつんと主張する乳首は綺麗なピンク色である。
それが自分が弄ることでとがり、色を濃くするのだからたまらない。
愛してやまないたわわな乳房はただの観賞用で、触れて愛でて弄り倒すなら断然、青峰は目の前の黒子を選ぶ。
一度大真面目にそれを伝えたら殴られたうえに欠片も信用してもらえなかったが、青峰は嘘なんかついていない。
敬愛してやまないマイちゃんのおっぱいにだって下半身はこんなに反応しない。
押し込められた下着の中で窮屈そうにしている自慢の息子の勃ちは、黒子だからこその最高潮だ。勃ち過ぎていっそ痛い。

「ッあー…、やべ、なあテツ、ちょっと触って…」
「ん、え…っ、わ、っ」

空いた片手で黒子の手を引き寄せ、さっきから自己主張の激しい昂ぶりへと導く。
服の上からそこに触れた黒子が一瞬ビクついて、水色の瞳が大きくまんまるに見開かれた。

「ッ…キミ、なんでこんなにしてるんですか…ッ」
「ばっか、おまえがそんなやらしー顔してっからだろ」

我慢できるか、と恨みがましく間近で視線を合わせれば、かあ、と鮮やかに黒子の頬が染まる。
そのままゴツンといささか痛い頭突きを食らわされたのは、まあご愛嬌だ。テツだから許す。

「っふ…、テツ、」
「ん…、ん、っ…」

くちゅり、絡まる舌から濡れた音が立つ。
黒子の白い指先が赤黒くそそり勃つ自分の性器に絡む様はどうにも背徳的で、青峰はゴクリと喉を鳴らした。
触って、とねだるのに素直に答えてくれるのは珍しい。
きっとこんな場所だから、さっさと終わらせて帰ろうとしているのだろうけれど。

「テツ、…もちっと、強く…ッ、く、」
「っは……、か、加減が難し、んです…!」
「自分でやるときぐれえでいいんだ、って…、足りねぇだろ、そんなんじゃ」
「し、知りませ…っ、早くイッてください!」
「かは…っ、テツ君だいたーん」
「ッ、このアホ峰…!!」

ぬく、とたどたどしく扱く黒子の指先がもどかしくて、気持ちいい。
可愛がっていた乳首はTシャツの向こうへ隠れてしまったけれど、服の上からもぷつりと膨らんでいるのがわかっていやらしい。
ゆるゆると黒子の手に性器を擦りつけるように腰を揺らしながら、青峰は黒子を支える手を部活用の緩いパンツの中へと突っ込んだ。

「ひゃ…っ、」
「んー…、やっぱ小っせぇ」
「ばッ、し、しませんよ!しませんからね!」
「わーかってるって…、触るぐれぇいいだろ」

先ほども揉んで怒られた黒子の尻をわし掴み、その感触を存分に楽しむ。
肉が付いていない割には青峰の手によく馴染んで触り心地がいい。
ここを開いて存分になぶってやりたいと、そんな凶悪な欲望を必死で押し込めながら、青峰はするりと尻のあわいに指を滑らせた。
途端に、黒子の腰がビクつく。反射的に青峰の性器を握る手にもわずか力が込められて、ヒク、と青峰の背も震えた。

「ちょ、だ、だめです…!」
「ちょっと擦るだけだって。嫌いじゃねえだろ」
「き、嫌いとかそういう問題じゃ…っ、ぁ…!」

下着の上から際どいところを何度もなぞる。
その刺激にぎゅう、と目を瞑る黒子の目尻に小さく口づけると、言えない「いや」の代わりに黒子の頭がゆるゆると横に振られた。

「あ、青峰く、」
「ちょっとだけ…、テツだってもう勃ってんだろが」
「や、あ!」

きゅう、と下着の上から大きな手に反応した熱を包むように触れられて、ビクンと大きく身体が震える。
すっかり兆していたのは黒子にも自覚があって、だからこそどうしようもない羞恥に襲われた。

「やーらし…、もう染み作っちまってんの」
「あ、あ、言わな…ッ」
「ばぁか、かわいいっつってんだよ」

先走りで色を濃く変えた一点をぐりぐりと親指で刺激されて、青峰の熱を慰めることも忘れてぎゅうとTシャツにしがみつく。
あやすように背を叩く手に安心を覚えるから、パンツと下着をずり下ろされてももう抵抗はできなかった。
ふるりと震えてとろとろと蜜を零す、色の薄い黒子の性器に青峰がぺろりと舌舐めずる。
獣じみた仕草も餓えたその表情も黒子の胸をぎゅっとわし掴むには十分で、はあ、と吐息を震わせた。

「な…、テツ、して」
「ん…っ」

青峰がなにをねだっているのか、訊かなくたってわかる。
べろ、と喉元を舐められ、鎖骨に噛みつかれるのにヒクヒクと背をひきつらせながら、黒子は自分の手の中に青峰と自分の熱を包み込んだ。

「っふあ、あ…ッ」
「く…、テツ、」

にちゅ、と耳を塞ぎたくなるようないやらしい音を立てて弱いところを擦る。
張り詰めた青峰の性器は大きくて熱くて、裏筋を擦られるとたまらなかった。
後ろで悪戯をする青峰の指のせいで知らず知らずこの熱を身の内に咥え込むことを想像してしまって、またとろりと粘液が伝う。
ハ、ハ、と浅く速く繰り返す呼吸がまるで盛りのついた動物みたいで恥ずかしいのに、そうでもしなければこの熱を逃がせない。

「はあ…、ハハ、やらし…、ヒクついてる」
「や…ッ、だめ、青峰君!」
「しー…、あんまでけぇ声出してっと、誰か通ったら気付かれんぞ…?」
「ん…!」

入り口のあたりを執拗になぶっていた青峰の指先が、垂れ流れた体液のぬめりを借りて浅く潜り込んでくる。
思わず反射的に指の侵入を拒もうとするのに、堪えろ、なんて脅す青峰は卑怯だ。

「テツ…、テーツ、息、吐けって…指だけ。な?気持ちよくしてやるだけだって…」
「や、だ、やです、だめ、ぉみ、ねく…っ」
「だーめ。オレもヤダ」

テツのこと気持ちよくしてぇの。
そう言って濡れた目尻に口づける、優しい仕草に絆されてはいけないのは分かっている。
分かっていて落ちるしかない、そんな罠を仕掛けてくるのがこの青峰大輝という男だ。
頭の回転は決して速いとは言えないくせに、バスケと、黒子のことだけは誰よりもよく知っていて、狡猾になる。
耳元で囁くのだって、黒子が弱いことを十分理解しているからだ。

「ほら、…テツ、息吐いて…、そう、いい子だ、上手」
「あ、…ッあ、あぅ」
「ん…、熱ィ、おまえんナカ」
「や、あ……!」

ぬぷり、ゆっくりと時間をかけて青峰の太い指を根もとまで咥え込まされて、火照った頬を涙が伝っていく。
いつもより少しだけきつくて、けれど異物感よりも圧迫感よりも、慣れた快感が顔を出す方が早い。
もどかしいくらいゆるゆると抜き挿しをされると、もっと、とねだって腰が揺れてしまうのだ。

「テーツ…、かわいい、な、顔見して」
「や、です…!」
「オレに触られて蕩けた顔してんだろが。な、…見せろよ、オレのだろ?」
「ん…!」

半ば強引に顔を埋めていたTシャツからひきはがされ、顎を上げられる。
頬は真っ赤だろうし勝手に涙は流れていくし、さぞみっともない顔をしているだろうに、ぎろりとぼやける視界で睨みつける黒子を見て、青峰はどうしようもなく愛しそうに笑うのだ。

「……ハハ、たまんね、」
「ん、んぁ、…っ…」

ねっとりと口づけられて、流れ込む唾液に喉を鳴らす。
息苦しいのに心地良くて、触れる舌先が熱くて、頭がばかになりそうだ。
こんなところで何をしてるんだろう、どこか冷静なもう一人の自分が呆れているけれど、青峰に触れられるとどうでもよくなってしまう。

「んっ、ん、アァ…ッ!」
「かーわい…、な、あとどこ擦ってほしいんだよ、テツ」
「アッ、あ、あー…っ、あ、……っめぇ…!」

ずぷずぷと太い指に蕩けた粘膜を好き勝手掻き乱されて、青峰に慣れた内壁は彼の指を嬉しそうに締めつける。
オレも気持ちよくして、と青峰に導かれるまま前を弄ると腰から下がぐずぐずに溶けて崩れそうで、忙しない呼吸に絶頂を煽られるばかり。
どこもかしこも熱くて気持ち良くて、思考が真っ白に灼けてくる。

「あー…、も、ほんとやべぇ…な、わかるか…?オレの、おまえの中に入りてぇって暴れてんの」
「ば、か…!だめ、だめです…!」
「わかってるよ、最後まではしねえって…」

だからせめて、一緒にイッて。

ねだる青峰の声はどこまでも甘くて、ずるい。
けれどまたひとつ「ばか」と重ねる黒子の声だって、甘ったるくてどうしようもなかった。

「あ、あ、あおみ、ねく…!」

されるがまま、求められるままに名前を呼んで、黒子は過ぎた悦楽に霞んでいく視界をぎゅっと閉ざす。
すり、と頬ずって縋った青峰の首筋、感じた熱が最後の記憶だった。


◇ ◇ ◇


甘い甘い夢の後には、苦い苦い現実が。
誰だこいつに知らせたのは。
冷や汗をだらだらと垂らしながら、青峰は背負った黒子を庇うように一歩後ずさった。

「だあ〜い〜ちゃああぁん?」

その笑顔が恐ろしい、なんて本人には口が裂けても言えやしない。

「どうしてテツ君が色っぽい寝顔で大ちゃんにおんぶされてるのか、説明してもらってもいいかしらああぁ?」
「お、おう、さつき、ちょっと落ち着け、テツ落としたら困るから、おい、さ……ッ……!!」

ばきばき、ぼき。
女子とは思えぬ音を鳴らすのは桃井の両手、その拳。
声にならない青峰の悲鳴は、桐皇学園の実験棟から。

かくして容疑者Aはこう語る。
―――やばいと思ったが、性欲を抑えられなかった。




初出:2013.05.03 S.C.C.22無配「容疑者Aの供述」 2013.05.13 書き下ろし追加


<< Back