一応の後処理を終え、青峰はバスタオルの上に寝かせたままの黒子に視線を向ける。
タオルはすっかり汚れていて、きっともう使いものにならない。あの黄瀬のことだ、タオルの一枚や二枚すぐに買い替えるだろう。
最後、床を掃除するときにでも有り難く使わせて頂こうと一人決断して、青峰はゆっくりと黒子を抱き起こした。

「テツ…?」

大丈夫か、と問えば、あんまり、と小さく返される。
けれど全身の力を抜いてくたりと青峰に預けてくれる姿は、自分が黒子のそばにいることを許されている確かな証のようで、愛しくて仕方ない。
言葉にして伝えたことがないのは、ただ青峰が漠然と抱えていた、自分と同じだけの気持ちを黒子が返してくれるかどうか、その自信のなさからだった。
まったく臆病なことだと自分で自分を嗤いたくなる。
自信がないなどと、いったいどの口が言うのだろうか。鏡を見て笑い飛ばしてやりたい気分だ。
「気持ち」なんてものは、思っているだけで伝わるような便利なものじゃない。
黒子から好きだと聞きたいのなら、自分から先に伝えるべきだったのだ。
確かめることをしないですっ飛ばして、身体だけ先に手に入れてしまった。
それをここからやり直したいのだと、きちんと彼に伝えなければ。

「テツ、」
「ん…あお、みねく…」

はあ、と甘い吐息を震わせた唇に小さく口づける。
とろとろに蕩けた水色を覆い隠す瞼にひとつ、涙に濡れたまなじりにひとつ、上気した頬にも、またひとつ。
汗ばんで張りつく髪を梳いて、労わるように腰を撫でてやると、ゆっくりと黒子が目を開く。
その水色に映るのがただ一人自分であることに満足を覚えながら、より深く刻みつけるために青峰はそっと囁いた。


「―――――好きだ」


たった一言。
けれど言えなかった一言。
黒子の心に、ちゃんと届いただろうか。

驚いたように目を見開いた黒子をじっと見つめて、もう一度、同じ言葉を繰り返す。
快楽に溶けていた水色がその色を滲ませて、黒子はまるで泣き出すみたいにくしゃりと表情を歪めた。
そんな表情を見られたくなかったのか、黒子が青峰の肩に顔を寄せる。
青峰が背を抱いてやれば、黒子が強い力でしがみつく。
ぎゅうぎゅうと抱きつく黒子をあやすように優しいリズムで背を叩けば、震える声が途切れ途切れに青峰を呼んだ。
テツ、と呼び返すと、


「…き、好きです、ずっと、好きで…ッ」


小さい、けれど確かな声。
たまらなくなって抱きしめる。
ずっとずっと伝えたかった。ずっとずっと聞きたかった。やっと伝えられて、やっと聞くことができた。
好きです、と繰り返す黒子の名前を呼んで、同じ言葉を返して、一度口にしてしまえば何度だって言うことができるのに、軽い言葉じゃないから簡単じゃなかった。
初めの一歩を踏み出せずに飛び越えてしまったことを後悔しないわけじゃないけれど、ようやくまた、ここから始められるのだ。
好きで仕方なくてたまらなくて、大切で愛おしい。
腕の中にすっぽりと収まる小さな身体が、いつだって青峰にあたたかい気持ちをくれる。


「テーツ。顔、見せろ」

ちゃんと顔見せて好きだって言えよ。
そう笑って頭を撫でると、見せられる顔じゃありません、とぐずり鼻を啜る音とともに返された。

「…仕方ねェなあ」

泣きやんだら、もっかいな。
伝えて、ぽんぽんと背を叩くと、こくり頷く感触がある。
いつになく素直な黒子に、回した腕にぎゅうぎゅうと力を込めて、「苦しい」だなんて文句は聞かないふりだ。
こんなに愛おしいおまえが悪いのだからと、青峰はようやく自分のものになった宝物を抱きしめる。


優しく隔絶された世界に二人きり。
雨はまだ、止む気配がない。





バスタオル「解せぬ」

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